懲りずにコラム目次

「懲りずにコラム」 2004年3月中旬号

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「ゆニセふ?!」
 "善意"は強制されるものなのか。ユニセフ(国際連合児童基金)から、初めてダイレクト・メールが舞い込んだのは去年の4月、 私はちゅうちょなく、"イラクの子供ちを救うため"に寄付をした(似非エッセイ2003年5月下旬号「わが"ノーブレス・オブリージュ"」参照)。
 しかし、あとがいけない。暮れにクリスマスカードなどのカタログが届いて、その活用(購入)を促されただけでなく、 先日は「こうした子供たちへの継続した支援のために、月々ご任意の金額」を振り込むには、自動振り替えが便利ですよ、 との案内が来た。「ユニセフ・マンスリーサポート・プログラム」と称するものだが、無視するのは失礼かと思い、 私は"拒絶"の返事を出した。
 2度とも、書類の中に、私の住所と氏名を勝手に印刷した10枚つづりの"シール"が入っていたからだ。 これを封書や持ち物などに、貼って使え("自己宣伝"しろ)ということらしいが、本人の許諾も取らない"おごり"体質と、 無駄なことに金を使う無神経な組織など、信頼するわけにはいかない。
 どんな組織でも、人を雇えば金がかかるだけで、実効が上がるかどうか疑問である。格好の例がある。 国民年金の未納者に納付を督促する国民年金推進員の人件費は、大幅に増えたが(16年度は64億円に)、 徴収率は前年度比で約8ポイント減少したという。義務を履行しない国民にも困ったものだが、 それより推進員を雇わないほうが"トク"といえないか。

「もう一人の"天皇"?」
 68歳の長嶋サンが倒れて日本中に"衝撃"をもたらしたのか、新聞やテレビに週刊誌などマスコミは、 その病状を逐一伝えるなど、ここぞとばかりに大騒ぎ。天皇じゃあるまいし、そっとしておけばよいのに。
 ご本人は「長嶋茂雄でい続けることは、つらい」ともらしたこともあるそうだが、超多忙、かつ常に注目され、 人疲れもしていたのであろう。最近は空を飛んでまで、がんばっていたというから、ご老体には無理が祟ったにちがいない。
 アテネオリンピックでの野球の日本代表監督は、この人しかいないと決めつけられて重圧を感じていたようだが、 なに"戦争"をするわけではない。たかが野球ではないか。そもそも「この人しかいない」という悲壮な発想こそ日本人たる所以で、 それは「"絶対に優勝を」というより、「長嶋で負けたんだから仕方がない」という言い訳をすでに"共有"している国民性である。
 もうひとつ、Qチャンこと高橋尚子がマラソン代表(3人)からもれた。実績はあっても、走らないでは選ばれなくても仕方がないのに、 一部のヤジ馬連中は陸連に抗議の電話をかけ、代表になった一人の合宿所に脅迫まがいの電話を入れたという。 中曽根元首相にならえば、これはまさしく"テロ"ではないか。
 Qチャン落選に、小泉首相は「残念だ。もう一人ぐらい増やせないのかねえ」と、いつも照準がアッテネえ!?  われわれもコイズミさんに言おう、「もう一人、マシな総理を増やせないかねえ」
 話は戻るが、病状の発表が"真実"かどうか分からないのは、いつものとおりである。大げさに言えば"大本営発表"。 国民は、いつもこんな調子で"ダマサレた"振りをしているうちに、取り返しのつかないことになる!?

「テロと選挙」
 イラク戦争の"大義"を元に、オオカミ少年のごとく「テロだ、テロだ!」とわめき再選を狙う大統領もおれば、 選挙直前の列車同時爆破テロがきっかけで、有利だったアスナール政権が、明日無くなーるとなってしまったのはスペインの話。 さらに、"圧倒的な支持"を受けて再選を果たした元KGBの大統領もいるが、彼の国に"政治的テロ"などという言葉はなさそうだ。
 ともあれ、列車爆破テロに抗議するデモ行進に国民4人に1人の、1千万人もが参加したというのは、 単に"情熱の国"だからではなさそうだ。呼びかけをしたアスも知れぬ首相が負け、新指導者は公約どおりイラクからの撤兵をも示唆する……。
 この大胆な方針転換が歓迎される国民性の彼我のちがいに、どこやらの保守政権はほっと胸をなでおろしていることだろう。
 どのチームも"優勝の可能性"がある、プロ野球キャンプ便りを楽しみつつ、アテネオリンピックの本番よりも、 常勝いや、病床監督の"病状"に一喜一憂したり、オリンピック2連覇を"阻止"されたヒロインに同情したりにエネルギーを費やす、 愛らしくも大人しい国民に、さぞかし感謝しているにちがいない。
 それが証拠に、「テロを警戒し」て、正面からではなく、こそこそと脇から官邸に出入りする首相の支持率も、 なかなか下がらない"微熱"状態である。
 いったい、テロって何なんでしょうねえ。訳の分からない"恐怖心"をあおる無責任、かつ便利な言葉ですねえ。

「ロボットさま全盛!!」
 いま、さまざまな企業がロボット開発に血道を上げているようだ。
 "愛慕"などというペット的なものから、サッカーをするもの、どんな球でも打ちこなすバッターもいる。 限りなく人間に近づき、オーケストラの指揮をするものが現れたかと思えば、そのうちロボットだけの楽団も可能だという。
 かねがね思うのだが、工業用のもの、危険な作業現場で働くものなどと、利用範囲が広がるのはよいが、 感情表現も豊かになり、家事をこなしたり、何から何まで出来るロボットが家庭に入り込むようになれば、 人間など要らなくなること必定である。
 人間はどう見ても、厄介な動物であり、世話が焼けるし、虐待や殺人を犯すなど、ろくなことはない。 それにしても、自分たちを滅ぼすかもしれないものを、競って産み出す"人間"は、賢い? それとも、愚か?

(以上、2004年3月17日までの執筆)


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