似非エッセイ目次

似非エッセイ 2003年8月上旬号

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「マニフェストって何?」
 この秋の衆院選は、政権交代の最後のチャンスと、野党側あるいは無党派層(なんて層、実在するのかな) が勢いづいているのは、バーチャル"老人党"の出現と、民主党と自由党の合併による効果、なのだそうな。
 もう一押し、"退いた過去"氏が社民党を解党して、老人党党首になるか、 民主+自由+社民連合軍の結成のための"捨石"となることが必要であろう。
 …イヤイヤ、これはいかん! 頼まれもしないのに、いつからキングメーカー気取りになったのだろう。…
 話は戻して、いま政界での流行りコトバは「マニフェスト」、カタカナ語はなるべく止めようというご時世に、 ややこしい話だが、数字・財源・期限付の公約を指し、日本語では「政権公約」というらしい。
 つまり、政権を担うにあたり、その方針や実現の約束をする政策を意味するもので、 従来の選挙区民相手のいいっぱなしの公約(口約)とはちがう。 しかし、それをしっかり理解している国会議員は少ないらしい、やっぱり。
 イギリスのブレア首相が先輩格で、民主党の菅直人代表が言い出したそうだが、なんだか付け焼刃的で、大丈夫かな?
 manifestとは、〔形容詞〕明白な、〔動詞〕はっきり表わす(示す)、 〔名詞〕(税関に提出するための船・飛行機の)積み荷目録、乗客名簿のことと、手元の辞書にある。
 で、「マニフェスト」は形容詞、動詞、名詞のどれなのかしら。「はっきりしてよ!!」

「M教師、健在なり」
 いまに始まったことではないが、学校の教師というのは困ったものだ。
 「でもしか先生」という"尊称"もあったけれど、この2か月ほどで報道された事例によると、 夜中に建設中の他人の敷地内に立ちいり、建造物侵入容疑で逮捕されたのは東大和市の小学校教頭51歳、 数学の入試問題3割しかできなかった高校教諭が「不可」と大阪府教委が「解雇」したのは45歳。
 生徒のオートバイ事故で、「勉強する子が死んで、しない子が…」と口走り、 不適切だったと謝罪したのは横浜の県立高校教諭46歳。また、3年生社会科授業の時、 「キレやすい子は」と小テストで出題し、16人の名前を公表したのは福井市内の公立中学41歳で、 「軽はずみで出題してしまった」と釈明。 小学2年生の頭にバケツで水をかけた群馬県伊勢崎市の42歳は「遊び感覚で」と説明すれば、 「気晴らしで騒ぎ起こしたい」と、勤務先の中学校へ爆弾予告したのは長野県白馬村の31歳など。
 これでは、"キレやすい"のは、教師のほうではないか!
 こんな例もある。小金井市立中教諭、指示従わず無断欠勤5日、海外旅行した49歳は、 新1年生の担任になっていながら、新学期早々、NPOの企画したカンボジアやベトナムの子どもたちを支援する旅行に参加したというもの。
 年度末に校長にその意思を伝えていたというから、まったくの無断欠勤とはいえないと思うが、 「判断が誤っていた。反省している」といったそうだから、並みの先生か。
 おっと、校長先生を忘れては"片落ち"になる。「ドはどくろのド、レは霊柩車のレ、…さあ死にましょう」 と授業中に替え歌をうたったのは、さいたま市の市立小学校校長58歳 (余談だが、"片落ち"とは広辞苑も載せるヘンな日本語。"肩落ち"に聞こえませんか)。
 これらM(モンダイ)教師は、たまたまであろうが、いずれも男性。 年齢をみると、分別(フンベツ)ざかりが多いにもかかわらず、わが国はいま不景気、 リストラの対象(ブンベツごみ?)になると怯えているのかもしれない。
 先生の常識は、世の中の非常識!? 可哀想なのは、このような先生しか選べない、児童・生徒諸君であろう。

「もう、親はいらない!」
 さらに、子どもたちは、"親も選べない"現実に、どう立ち向かっているか。
 いま、「12歳」がキーワードだが、12歳までの子どもにとっての宝物は、1位…ぬいぐるみ、2位…ママ、 3位…パパだという(バンダイの調査)。
 そのうち、ママもパパも、癒し系ロボットにとって代わられるだろう。自分の言いなりになり、 ガミガミ文句をいわないのだから。
 また、子ども向け化粧品が売れているそうで、デパートは競って小学低学年を対象のキッズコスメ教室を開催し、 好きな色のネイルやリップ、ファンデーションのアドバイスをすれば、 小学生向けの雑誌にはメークレッスンが連載されているという。
 幼児のオモチャに、ケータイを持たせる感覚も理解できないが、幼少のころから、 口紅塗ったり髪を染めたりして、外見を飾るのに憂き身をやつす。やがて顔も身体も一人前にみせるためには、 小遣いでは間に合わず、シブヤに行こう! と援助交際に走るのは至極当然の帰結である。
 "大人顔負け"というが、大人のやることをすべてやってしまえば、あとは退屈を持て余すだけ。 "二十歳過ぎれば、ただの人"になることを知ってしまった彼らは、人生に何の希望も喜びも見出せないだろう。
 と思っていると、近ごろの10代には恋愛受難の時代とかで、異性を「快楽を得る相手に過ぎない」とか、 「カッコいい人は、浮気をする」などと思い、はじめから"降りて"いるのを「老ティーン」というのだそうな。
 一方、小学生の娘のハダカを10万円で撮らせるという、商売上手な母親もいれば、 17歳の娘に無視されるのが寂しいのか、頼まれてタバコを買ってきてやった父親は、 未成年者喫煙禁止法違反で書類送検されたという(富山の会社員52歳)。
 肝心な成長期に、こんなことをするようでは、果たして親といえるのか。 "安易な金儲け"、"化粧の仕方"や"タバコの吸い方"ではなく、人間としての"生き方"を教えなければと思うのだが、 親自身がそのような教育を受けてこなかった証拠か。
 老後の面倒を見てもらおうなんて思う前に、子どもはあなたの側にはいない…。
 《いま「心」をキーワードに、戦前の皇国史観の亡霊が頭をもたげている。流行に弱い、これらの親たち、 子どもたちが安易に飛びつく代物であることを付言しておく》

「出来すぎた話(新・ツルの恩返し)」
 今日(6日)午前、原爆慰霊祭が行われた広島平和記念公園の折り鶴14万羽が焼かれたのは、今月1日朝のこと。
そして、4日に捕まった放火犯人は、仲間2人とクルマで観光旅行中だった関西学院大の4年生。 留年して就職が決まらず、むしゃくしゃしてという、これまた"安直な"動機。 しかし、彼の在学する大学当局はすぐに謝罪し、大学の地元住民もお詫びのしるしに折り鶴を贈るといい、 5日正午には何と、「17万羽の折り鶴を明日届ける」とニュースは伝えた。
 なんと、見事な美談仕立てではないか。
 合点のいかないことが多すぎる。なぜ、仲間は放火を止めなかったのか。なぜ、折り鶴を狙ったのか。 なぜ、14万羽を超える17万羽を短時日で折り、届けることができるのか。 どうして、そんな大量の鶴が間に合うのか、事前に用意していたのか。 であれば、その根拠は? 焼失を承知していた? だれが、なぜ? 
 …と推理して行きつく結論は、大学生き残りの話題づくり"出来レース"説しかないのでは。
 話かわって、ことし、大学が名称を勝手に? 替えられたのは、入学時の寄付金問題が発覚した提供(帝京)大学、 ついで婦女暴行サークルの首謀学生が逮捕された騒大(早大)、その仲間もいた軽大(慶大)、 いやこれはKO(ノックアウト)大学だったか。 そして、昨日、阪神大震災時に文部省からの科研費をカラ出張名目で500万円もプールした副学長が辞めた盗大(東大)も出現した。
 さて、自らの陥穽に落ちたのではないでしょうな、かんせい(関西)学院さん? (不幸にも、"出来レース"説が当りませんように、祈ろう!)

(以上、2003・8・6までの執筆)


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