似非エッセイ 2003年3月上旬号
「狙われる交番」
都内のKOBAN(交番)などで、留守を狙って、窓ガラスを破り、防寒コートにジャンパー、
警察官用情報端末や無線機などを盗む事件が相次いでいるという。
警察グッズを狙ったマニアの仕業だと見られているようだが……。
昔は拳銃を狙ったケースが多かったように、泥棒は別の目的があって盗みに入るもの。
いま"彼ら"はなぜ、身につければすぐにバレるものを盗むのか。
最近、首都圏で続発した、重機を使い多額の現金をATM(自動預払機)ごと盗む、
荒っぽい犯罪を思い起こせば、想像がつく。
近ごろ、彼らが鳴りを潜めているのは、NHKなどマスコミの詳細な手口の解説で、
だれでも出来そうな状況になった半面、警備も厳しくなったからだろう。
そこで、逆転の発想である。"工事中"を装った犯罪はもう古く、
残るは"警備中"の犯罪しかないのである。お分かりかな、ご同輩!
ともあれ、権威も畏れも無縁のヤカラの続出となれば、
わが国の"安全神話"崩壊もここに極まれり、というところか。
「ジェンダーフリー」
"ジェンダーフリー"(社会的・文化的に作られた性差をなくすこと)は、
日本だけで通用する言葉だと、さいきん知った。
そもそも、「男女共同参画」を「共同三角」と錯覚し、
まさか"三角関係"の親戚ではないだろう、と思っていたくらいだから、
近ごろ地方自治体の条例で、行き過ぎた規制が目立ち、"表現の自由"に抵触するなどといわれて、
ますます混乱するばかりである。
もうひとつ、「性の自己決定権」の規定は、"中絶の容認"につながるという論理も、
よく分からない。すでに、産みたくない自由がまかり通っているではないか。
また、採用試験などで、「応募は男性だけに限る」という表現は×だが、
"女性を落とせばよい"というのが現実ではないか。
さらにいえば、「オンブズマン」を「オンブズパーソン」と言い換えれば、
事が済むと考えるマスコミなども、いい加減なものだ。
オンブズマンは英語ではなく、スウェーデン語で「護民官」をいい、
男女のちがいはないのである。
個人的な経験では、ある原稿で、「女性青少年部長」と役職名を表現したところ、
"女性"の部長というのは女性差別ではないかと、"クレーム"をつけられたことがある。
いささか、過剰反応ではないか。
「男らしさ」「女らしさ」を否定するのもいけないらしい。
しかし、両性のちがいを認めなければ、なんと味気ない世の中になることだろう。
そのうち、この国でも同性愛や同性同士の結婚も認可される!?
私の認識では、男女の"平等"と"対等"はちがうものであり、
たとえば夫婦が「役割分担」を行うとしても、今週の家事は夫が全部やり、
来週は妻がやるというのが"正しい"とは、ずいぶん硬直した考え方だと思ったのは、
はるか昔中学生のころ、ある共産党員夫婦の家庭の実際と聞いて、「?」を抱いて以来である。
「小一に性教育!?」
さいきん俄に喧しいのが、性教育ならぬ"性器教育"の行き過ぎとその報道である。
アンチ"ジェンダーフリー"を唱えるS紙は、2月だけでも、
11日投書「早期の性教育「子供は混乱」」は、豊中市の市立中学校でコンドームを使っての授業についてだが、
記事は見出しを並べると、18日「川崎の市立小/小1に過激な性教育/性器名を記入させる/指導要領を逸脱」、
19日「長野でも過激性教育/松本の市立小/小1に性器名称」、
20日「府中の市立小/黒板に性器名称/1年生の道徳授業/指摘の保護者に謝罪」、
22日「京都の小学校/小6に出産ビデオ/無修正/ショック受ける子も」、
23日「広島でも/小1に性器名称」などと"過激"な報道が続いている。
ゆとり教育の一環なのか、どのような"信条"からか、
彼らに"大人"向けの講義をしなければならないのか理解に苦しむ。
しかし、一方、同紙23日社説「性教育/児童に過激な内容は慎め」が、
「最近、多くの女子中高生が"援助交際"と称する少女売春や不純異性交遊に手を染め、
性感染症にかかるケースが増えている。
小学校からの過激な性教育と無関係でではないと思われる」と、
短絡的に結論づけることのほうが恐ろしい。(懐かしい言葉ですね、「不純異性交遊」とは)
そのうち、子どもたちが、「映像の世紀」といわれた20世紀を、
「エイゾウさんの性器」と思ったり、「世紀の祭典」といえば「性器の祭典、いや採点」
と勘違いするとでもいうのだろうか。(しかし、妄想の世界は悩ましい!!)
いずれにしても、だから道徳教育が必要なんだと、直截に結びつけられるのは願い下げである。
「範は大人が示す」しかない。
「骨なし日本人の"栽培"」
病院等の"老人食"として、魚の骨を抜いて供するようになったのは、
20年程前からだそうだが、これは理解できる。
老人がおモチを呑み込んで窒息死するケースも多く、病人の場合はホネをのどに突き刺すこともあるだろうからだ。
しかし、さいきんは"骨なし魚"がスーパーで売られるようになり、好評だという。
それだけ、手抜き・手軽・簡単(コンビニエンス)・まな板入らず"志向"の日本人(あえて、主婦とはいわず)
が増えたことを意味している。
さらに、嘆かわしいのは、学校給食にも、"骨なし魚"を導入するという動きである。
子どもの魚嫌いの第一は、"骨がある"からだそうだが、なぜそこまで、子どもに迎合しなければならないのか。
反対意見が押し切られたのは、その親たちがすでに"骨つき魚"を嫌っていたからではないか。
「骨を取るのは面倒だ」という理由で。
こういう例がある。本屋にいた若い母親が幼児に、「コンビニで、おにぎり買って帰ろうね」
と恥かしげもなくいうのを見て、ある人は驚いたという。
子の歓心を買う振りをして、"手抜き"ではないと自己を正当化する親、
という光景ではないか。思わず、日常茶飯という言葉が浮んだ。
いずれにしても、"骨なし魚"は人件費の安い東南アジアからの輸入品である。
"奢れる"日本人、いや「骨惜しみしない、気骨ある日本人」は、
やがて"絶滅種"としてレッドデータブックに登録されることだろう。
代わって、「骨なし、骨粗鬆症日本人」ばかりとなったとき、
もはや"安価な労働力"にさえならないだろう。
<番外>最近の事件をヒントにした"ショートショート"をお届けします。
「一人で死ぬのはコワイ!?」
警察も世間も驚いただろうが、いちばん驚いたのはこの俺だよ。
まさか、あんな展開になるなんて思わなかったからね。
そう、あの地下鉄構内での100人を超す死者が出た、放火(自殺未遂)による大惨事は、
俺の想像を絶することだった。おまけに、容疑者扱いされたことだってさ。
たしかに俺はネット上で、「若い自殺志願の方、できれば女性を3名募集します。一緒に死にましょう。
連絡先はこちらへ、なるべく早く。自殺願望の男より」と募集はしたよ。
だけど、若い女性など一人も来なかった。
しかし、どこのだれが、「○月×日午後3時++分、**駅始発の普通電車に乗り、
終点の新宿を目指そう! 参加者を募集します。年齢職業などいっさい不問、
当日いちばん前の車両に、S社のお茶のペットボトルをもって乗るだけで十分です」なんて、
募集を出したんだろう。
世の中には物好きやヒマ人が多いねえ。だれだって、そのイベントはS社の奇抜な宣伝ぐらいに思ったことだろうし、
自殺志願者が何本ものペットボトルにガソリンを入れてたなんて、だれも考えやしないよ。
のん気だもん、みんな。
俺は大学休学中で、面白半分で"広告"を出したんで、死ぬ気もなければ、"悪用"されるとも思わなかった。
世の中ワル知恵の働く奴がいるもんだ。ペットボトルは高熱で燃え尽きて、証拠も残らなかったんだって。
だれが犯人なんだろう。
まあ、いっせいに他の地下鉄などが設備の点検をしたというから、
俺のやったことも少しは世の中の役に立ったってことか。
「ところで、お名前は?」なんて聞くなよ。"善行"は匿名に限るっていうじゃないか。
(2003・3・3までの執筆)
kenha@wj8.so-net.ne.jp