似非エッセイ 2003年2月下旬号
「出会い系サイト」
ケータイの出会い系サイトが繁盛しており、わけても少女買春を助長しているから規制すべきだと、
いまごろ盛ん? に議論されている。
「ドコモ『出会い系』自主規制へ/保護者の要請で"犯罪温床"遮断」、
「"誘った"側の18歳未満にも 『罰則』7割賛成/『出会い系サイト』法規制アンケート」
と産経新聞にあるが、いまさら言いだすのは、ホントにこの国の大人は、
子どもの現実を見ていない証拠である。
いや、実際は"業界擁護"で、ある程度普及するまで"野放し"にして来ただけのことかもしれない。
"ドコモ"を「何処も彼処も」と読み誤まるか「子ども」と読むかは自由だが、
少女たちが"自主売春"するのは、ケータイの出現以前から流行っていたのである。
それを、大人たちが「児童ポルノ処罰法」などを作って、"少女は被害者"などと甘やかすから、
われもわれもと"営業"に励むだけのことではないのか。
それにしても、先の警察庁のアンケートは安直過ぎないか。
同庁のホームページで、昨年12月から1月20日まで募ったもので、
429件の意見が寄せられたという。問題は、意見の少なさだけでなく、
現況でのインターネット利用は国民全体の意思を反映する手段としては不適格だからである。
ついでにいえば、"『罰則』7割賛成"でなければ、このデータは発表されなかったであろうことだ。
「"タバコは有害ではない"」
上記に関連するが、テレビ等でキャンペーン中という"未成年者喫煙禁止"のコピー
「(スケボーをする未成年の写真を背景に)うまくなりたい、うまくなりたい/まわりとか、あまり関係ないんだ、僕は」
をご存知ですか。
先日、青少年の健全育成を論じる年次大会にオブザーバーで参加した
(正式には、青少年育成国民会議 平成14年度青少年と社会環境に関する中央大会)。
青少年と自動販売機の問題では、酒、タバコ、雑誌図書、ビデオ、玩具等とあり、
それぞれについて全国から集まった育成者と各業界との懇談会である。
タバコ関係者は、八日市場市での自販機設置(実験)の状況や市民の評判を報告し、
また堂々と「タバコの人体への影響は証明されていない」
「リスク・ファクターであるが、他の影響もある」などの発言に、
育成者から反論も出なかったのは、育成者の多くが喫煙者だからであり、
子どもの喫煙にも甘いからであろう(酒業界の欠席は賢明であった、白々しいウソをつかなくてすんだからだ)。
ともかく、自販機が年齢識別をしたところで、どんな手段でも手に入れて、
"吸いたいやつは吸う"だろうから、あまり意味はないであろう。
しかし、とくに人体に害があるのは妊婦で、胎児の健康を害する恐れ大であるといわれている。
すなわち、成長期の少女こそ気をつけるべきだが自覚がないし、親も注意していないようだ。
それにしても、先のコピーの「まわりとか、あまり関係ないんだ、僕は」は、
周りに影響されず、"タバコは吸わない"という意味だそうだが、青少年に限らず、
みな"ジコ虫"、だから「まわりとか、あまり関係ないんだ、僕は」は、
都合よく「オレは勝手やるよ」と、逆に解釈されることにまでは思いが及ばなかったらしい。
いま、少子化問題で、ドロ縄式に政府は施策を立てているが、
いわゆる国家百年の計で望まなければ、この国の将来はない。
「"買い戻してくれない喧嘩"?!」
友人の話である。
ある業界に関するドキュメントを出版したところ、登場する団体の責任者から、
「売れるといいですね」といわれた。お世辞にしても、筆者自身もそれを願っているはずだった。
ところが、しばらくして、件の責任者から長文の"抗議"が届いたという。
いわく、事実を歪曲し、十分な取材をせず、思い込みで書いて、かつ個人攻撃である、
というような一方的なものだった。
友人はびっくりした。どこが歪曲なのか、何が個人攻撃なのか、サッパリ分からないからである。
しかし、指摘部分が何ページの、どの部分と細かく書いてあったので、仔細に調べると、
先方こそ故意の引用、曲解だらけだったので、「回答は無用」というところを、
一つひとつ"反論"したのだそうだ。
「再反論か、詫び状でも来たかね」と聞くと、何も来ないという。
そればかりか先方は、自分で喋ったことも忘れて、「取材していない!」といっているんだそうだ。
よく、「勝手に、私をモデルにして…」と、自己中心的"錯覚"で抗議する人がいるようだが、
このケースもどちらが"被害者"なのだろう?
「"金の切れ目"」
もうひとつ、別の友人の話である。
共同作業は、難しい。たとえばギャングや保険金殺人など、
役割分担と分け前の分配率を決めて、成功した暁にはたいがい仲間割れで逮捕されるというのは映画の中ばかりではない。
ボスが絶対の権威をもち上手に統率すれば、時にはうまく行くかもしれないが、
自己中心的あるいは自信がなく、他人の意見に左右されて、
部下をまとめることができない場合は悲劇であろう。
しかし、自分のミス(指導・監督)で作業が滞ったり、齟齬が生じたり、連携が乱れても、
ボスが責任を取らないばかりか、すぐ他人のせいにするのは、大企業でもよくあることだ。
それでも、面従腹背であろうが、"組織"が成り立っているのは、
"寄らば大樹"だからであろうし、ローンを抱えていたり、
子どもの教育費がなどという"個人事情"が、手かせ足枷になっているからであろう。
つまり、「人は金に弱い」ということである。
また、金を持っているほうは、「金の力で、人は何とでもなる」と思っているところである。
世間では「金の切れ目は縁の切れ目」というが、いまや「金が絡まなければ、いつでも縁が切れる」と、
友人は晴れ晴れとした顔で私に言った。
「"女友だち"今昔」
先日、久しぶりにその呑み屋に行った。学生のころからだから、40年近く出入りしていることになる。
いまも初代のママさんは器量に似ず、相変わらずの憎まれ口だが、
ときには感謝の言葉が漏れることもある。働き盛りのころ、店が忙しく、
子どもたちに満足にしてやれなかったと昔話をはじめた。
20代の半ばだった当時、ママのひとり娘と"お友だち"(ママさんの表現)だった私は、
彼女の成人のお祝いに、懇意の写真館に連れて行き、記念写真をとってもらったことがある。
私としては、かなり気の利いたプレゼントではあったが、下心はなかった。
母親に似て、器量良しだったが、何しろ、"妹"のような存在である。
もっとも、18歳から22歳という、輝き真っ盛りの彼女を"独占"していたことはたしかだ。
時は流れて幾星霜……。たまに訪れる店に、もう彼女の姿はなかった。
結婚して、娘が二人でき、はや、成人式を迎える話も出るとき、
親子で何かと思い出すのは成人式の記念写真のことで、ともども私に感謝しているという。
そんな話に、つい私も青春時代に思いを馳せるものの、
"女友だち"のおっかさんと話をするようじゃぁ……。
(2003・2・17までの執筆)
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