からむコラム目次

からむコラム 2002年9月号

8月号     10月上旬号


「"脱ダム宣言"ならぬ…」
 長野県知事選は、「カモシカく〜ん、イノシシ君、僕が田中康夫です。 人里に下りて来なくてもいいようにドングリのなる広葉樹を植えますよ」と、 無人の山に向かってどんぐりマナコで訴えたヤスオ君が再選された。 さあ、これからが"脱ダム宣言"の正念場だが…。かつて、次のような宣言もあった。
 一、吾等合衆国大統領、中華民国政府首席およびグレート・ブリテン国総理大臣は 吾等の数億の国民を代表し協議の上日本国に対し今次の戦争を終結するの機会を与ふることに意見一致せり。
 四、無分別なる打算により日本帝国を滅亡の淵に陥れたる我儘なる軍国主義的助言者により 日本国が引続き統御せられるべきか又は理性の経路を日本国が履むべきかを日本国が決定すべき時期は到来せり。
 十、我等は日本人を民族として奴隷化せんとし又は国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものに非ざるも 吾等の俘虜を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重なる処罰を加へらるべし。 日本国政府は日本国国民の間における民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障碍を除去すべし。 言論、宗教および思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立せらるべし (以下、十三まで「ポツダム(米英華三国)宣言(1945年7月26日)」)。
 戦後ずっと、アメリカの支配下で恩恵を被り、安穏に暮らしてきた日本人が、憲法だけ、 アメリカの押し付けだといい、第9条を中心に改憲しようというのはチト虫が良すぎやしませんか。

「9・11は"愛国者の日"?!」
 "不幸"を逆手にとって、再選に向け人気を回復したかに見えるブッシュ大統領だが、 フセインを倒さなければ"夜も眠れない"心境なのか、イラク攻撃を諦めず、ブレア英首相の"同意"は取り付けたものの、 ドイツ、フランス等からは慎重論が出ている。
 そこで、迎える不幸の始まり「9・11」1周年に向けて、ブッシュが言い出したのは、 この日を「愛国者の日」とするのだという。そして、犠牲者を追悼するよう国民に呼びかけ、 州政府施設や家庭などで半旗を掲げるように提唱した。
 響きがいいですねえ、「愛国者!」、もう何もかも吹っ飛んでしまい、 「アメリカは正義の国!」、「ブッシュはその申し子!」、こんな独りよがりの国が一方にあるとき、 「北朝鮮」や「イラク」は、そんなに悪い国なのかな!?
 しかし、わが小泉首相はおっとり刀で、9・11に向けブッシュ詣でに出かけた。 いつから、"愛国者"アメリカ人になったのだろうか。 それにしても、"北朝鮮訪問"というニュースのあとのNHK世論調査で内閣支持率が10ポイントも上がったのは不思議というほかない。

「土下座外交」
 2色刷りの「民族系金融機関、朝銀への破綻処理に1兆4000億円投入!!」という怪文書がある。 先月末わが家のポストにも投げ込まれたもので、「私たちが収めた税金(1兆4000億円)が北朝鮮のミサイル開発資金になっている!」といい、 昨年までに6200億円、さらに先日3256億円の追加決定がされ、現在4千数百億円の追加投入が審議中、とある。
 つづいて、大きな活字で「総額、なんと『1兆4000億円』!!」とあり、「この様な重要な問題にも関わらず、 マスコミ報道は皆無に等しく、我々は知る権利すら阻害されているのです。 /大不況の昨今、日本は景気回復の兆しも見えず混迷の一途を辿っています。(自殺者:3万人前後、失業者:数百万人) /しかし、失業対策費は4200億円、中小企業対策費は1900億円しか投入されていません。 /みなさんは、この事実をどう思われますか? /これだけの巨額を投入してまで民族金融機関を残す事に何の意味があるのでしょうか?」云々。
 98年8月、日本に向けて発射されたテポドン(弾道ミサイル)は、短いテッポウからドンと撃たれたものか、 テポことドン(首領)の意味か分からないが、このたびの小泉首相と金総首席との"還暦"同士の初の首脳会談が、 拉致問題は埒外だったり、"土下座"外交に終わらないことだけを祈ろう。
 もっとも、英語の得意な首相のことだから、「ウマは合うし、パートナーシップも発揮したtogether(一緒に)外交だったよ」 と自讃するかもしれない。

「"政治生命を賭ける"とは」
 もう一つ、小泉首相の"歴史的訪朝"について、「政治生命を賭ける」と言ったとか言わないとか、 政府高官による相変わらずレベルの低い話が新聞を賑わしている。
 首相は、意気込みだけではなく、ある程度の成算があるのだろうが、その結果次第で、 「政治生命」がなくなるのは承知のことだろう。かつては、これに類似する行為を"カミカゼ"といった。
 翻って、大企業による不正や事故の隠蔽や誤魔化しなど不祥事が続くなか、 経営トップが責任を取ろうとしないのは、「"経営"生命を賭ける」という言葉がないからではないか。 "社長の椅子を賭ける"というような場合は、"責任を取る"というより、いつまで"しがみついておれるか"を賭けるという意味であろう。
 さらに、腹心の部下が彼らを擁護するのは、それが前例となることを恐れるからであり、 役人が先輩の天下り先を見つけようとするのは恩を売るだけでなく、いずれ自分もその甘い汁を吸うことを夢見ているのと同じである。
 そういえば、7場所連続全休の"怪"記録を作った横綱貴乃花は、初日にはハラハラさせる?  八百長まがいの勝ち名乗りだったが、彼の"土俵生命"に賭けていたのは相撲協会だったりして。
 プロ野球選手を含め個人事業主は、全てがおのれ一人にかかっているだけ真剣だが、 お役所、企業、政党など、誰がなっても代わり映えはしない"団体"はそれだけ甘い世界ともいえる。

「民主党の党首選」
 およそ面白くも可笑しくもないのが、右や左の"だんな様"の寄り合い所帯"混成"民主党の党首選である。 「ネクスト・キャビネット」(隣りの戸棚、いや次の内閣)などと、よくも大臣ごっこなぞして遊んでいられるものだ。
 立候補した長老(その後、一人辞退)もとえロートルは旧社会党や旧民社党出身であり、 あるいはともに55歳の現代表や幹事長ですらロートルと呼ばれるのは、それだけ元気のいい若い連中がいる証拠だが、 旋風を起こすまもなく不発に終わりそうだ。
 なぜか。派閥ではないにしても、サポーターという"浮動票"によりその場をしのぐ、 自民党とあまり変わらない内輪だけの選挙で、一向に国民にアピールしないからではないか。
 政界に若い議員は必要だが、2世、3世が多いばかりか、気になるのは"戦争を知らない世代"の台頭であり、 それは歴史を碌に学ばず、多くはアメリカ一辺倒の"軍事好き"による、年配者とは違った意味で国を滅ぼす"危うい選択"である。
 なにしろ、彼らを支持する多くは、さらに若い"歴史"を知らない有権者であり、 同世代の新聞記者なども同じような教育を受けていることだ。
 そんな折、超党派の若手国会議員によるメールマガジン「未来総理」が創刊され、 昭和30年以降に生まれた男女19名が毎週、熱いメッセージを送るという。 お手軽だが、彼らを含め、バーチャル世界と現実との混同に気づかない、 とても危険な世代による日本の"舵取り"になる可能性があるからだ。

(2002・9・11、日本時間午後8時35分に記す)


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