からむコラム 2002年7月号
「DMが"信書"とはネ?」
先ごろまで、郵政民営化などを掲げて登場した小泉首相と、公社化に向けて自民党郵政族との駆け引きなど、
相変わらず"私的"で"既得権"を守りたいだけの、国民不在の茶番劇が続いた。
国民からすれば、全国にくまなく設置された郵便局やポストの恩恵は確かにあったが、
いまや時代も変わり、通信はメールで行い、保険もインターネットで加入できる、
金利も魅力のない郵貯では、有り難味も薄れる。
では、なぜ民営化ができないのか。ひとえに世襲を含む特定郵便局長の権益を守るために、
というより彼らの政治団体「大樹」は、100万票以上も集める大票田である。
日本医師会、日本遺族会、自衛隊の"OB会"などとならんで、自民党が足を向けて寝られない団体の"圧力"である。
消滅させるわけがない。それは、33万人を要するわが国最大の国家公務員の集団でもある。
そこで、表向きは民間の参入を阻止するために、ポストは"10万本以上"と高いバリアを設ける。
さらに、ほとんどが勧誘か広告宣伝の、相手を特定しない私信でもない、同一の文面であるDMを"信書"扱いとし民間に任せないのは、
届かなくてもあまり"実害"がなく、実入りがいいからで、昔から"信書"の定義なぞ決まっていなかった。
それにしても、ずっと前から郵政省(国)が「郵便はがき」と表記しているのに、
民間側は相変わらず「ご応募は"官製"はがきで」などという意識こそ、問題なのかも知れない。
「提供大学強要学部?!」
やっぱり、医者は金持ちだということの証明か。ボンクラでも医者になれる、
いや金を積めば医学部に入学できるという、昔ながらの話題を提供(帝京)したのが、
都内板橋区にある大学である。
学部はいくつもあるようだが、いま流行らない「強要(教養)学部」も、存在していたようだ。
それにしても、医学部入学をめぐる寄付金の強要(提供)、その総額はハンパじゃない。
多々益々弁ずで金は多いほどいいというのは金持ちの習性であり、
子に跡を継がせたいのは隣国のドンや政治家に限らず親の習性であり、
一票を投じてセンセーにしてやった赤ジュウタン組を利用するのは選挙民の習性である。
ムネオ氏のように、外務省を舞台にするスケールとは大違いだが、
選挙に落ちたらタダの人になりたくなく、副大臣の地位を失うとまでは考えが及ばなかったからではなく、
誰でもやってることだからと考えるのは政治家の習性である。
だから、これからもこの構造は変わらない。
「やはり"戦後"は終わらない!!」
"外に弱く、内に強い"日本とは、外交・交渉での弱腰や大盤振る舞いの経済援助をいい、
国内での不況対策など無策と弱者切り捨てをいう。
一方、"外に強く、内に弱い"日本は、外国人(旧日本人)への戦後補償を法律を盾に拒否するが、
日本人の戦没者に対する恩給や引揚者に対する"労い"に多額の予算を計上する実態を指す。
新宿副都心に、"戦争体験の労苦を語り継ぐ広場"平和祈念展示資料館がある。
短時間で、愚かな戦争の"現実"を知るには、小学生にも理解しやすい総務省所管の施設ではある(平成12年11月新宿住友ビル31階に開設、入場無料)。
しかし、多くの職員を抱え、年間22億2千6百万円(14年度)もの予算をとる事業の一つに「恩給欠格者に対する慰藉事業」があり、
うち書状・銀杯等贈呈事業の内訳は書状…19,400件、銀杯…8,600件、慰労の品…15,700件である。
"欠格者"への書状は小泉総理名で「あなたは先の大戦における旧軍人軍属としてのご労苦に対し衷心より慰労します」とあり、
慰労の品は、@銀杯ケース・書状用額縁セット、A懐中時計、B旅行券等引換券、の3択である。
きっと、希望はBに集中していることだろう。
それにしても、いまだに毎年2万人近くもの"戦後補償"を求める日本人がいるとは!?
ちなみに、民間"引揚者"には1,700件の書状だけである。
戦後は終わったと"宣言"したのは昭和31年7月の経済白書だが、ここにはずっと戦後を引きずっている世界がある。
そして日本国には、旧軍人軍属に報いる大金はあっても、旧日本人へのそれは一銭たりともないというわけである。
「ベッカム様の部屋に泊まりたい!?」
サッカーWカップも、期待に反して? 日本が決勝リーグに進んだり、フーリガンが騒がなかったり、
韓国が3位にならなかったりして、終わった。
と思っていたが、まだ人気選手のユニホーム(レプリカ)が売れているとか。
代表の一人、髪を赤いトサカに染めた戸田選手は、その髪型をやめた理由を聞かれて、
「日常生活に戻る」からと冷静なのに。
公共の建物・バスなどに落書きすれば、めいわく条例で取締られるはずだが、
ブラジルなど強国の選手たちのサイン(落書き)は保存するという、新・観光地作りに余念がないところもある。
また、いちばん人気の選手はベッカムで、彼らイングランド代表が宿泊したホテルには、
ベッカムの泊まった"部屋"を予約する客が引きも切らないという(ホテルは公表していない)。
日本人のあやかり精神、有名人志向は相変わらずである。
一方、大躍進の韓国では、市民は1か月も騒ぎすぎたあまり、その後の喪失感が大きく、
仕事が手につかない人も多いらしい。
慣れたことも、馴れないこともやらないほうがいいか。
「デモシカならぬカモシカ知事」
ある一橋大卒の知人に、「あなたも小説を書けば、知事になれるのに」と冗談を言ったことがあるが、
東京都と長野県知事は同大卒の作家というのが共通点。
"ペログリ"などと赤裸々な女性遍歴を雑誌に連載し、カモシカのマスコットを胸に登場したヤスオちゃんが、
当選後すぐに知事室をガラス張りにしたのは、『何となくクリスタル』に近かったからであろう。
そのガラス張りの部屋で、アイドルだかを膝に乗せて写真をとらせたのは、作家だから許される? のであって、
お笑いタレントではセクハラで訴えられるのがオチ。
いや、意地悪ばあさんなら、知事失格でもすぐにタレント活動が再開できる……。
さて、公共工事を飯の種にする県議"抵抗勢力"の多い中で、ダムを中止すると宣言して不信任を受けた彼は"失職"したが、
その理由を「熟慮に熟慮を重ねた結果」といったのは、"言葉でなりわいを営む"作家らしからぬ発言である。
熟慮とは「十分に考えること」で、その言葉を重ねるともっともらしく聞こえるが、
「何も考えない」に等しい。これには先輩がいる。昨年の今ごろ、反対の声が大きいなか靖国神社参拝を8月15日にするかどうかで、
「熟慮に熟慮を重ねた結果」2日前に参拝した小泉首相である。
多弁だが空疎、それをタレ流したマスコミも情ない。
再選確実なヤスオ知事は文学者らしく、回文でひと言、「ダムは無駄」といえばよかったのでは。
もっとも、そんなコトバ遊びをしている場合じゃないか。
「しゃべり場の"怪人"」
13日夜、「真剣10代しゃべり場」(NHK教育)を初めてみた。
趣旨がよく分からなかったが、番組案内は「第7期卒業スペシャル激突・10代レギュラーが史上最強の道場破り50代から挑戦を受ける」と、
民放なみのオドロオドロしさである。
要は、若者たちの"道場"に、名のある"おとな"3人が順にやってきて、それぞれ討論するということだった。
トップの寺脇研は文部科学省の"広報マン"だけあって弁舌さわやかと思いきや、相手が17、8歳の受験生や高校生、
中卒のデザイナー志望などで、いつもの大人相手と勝手が違ってか、「何のために勉強するのか?」が噛み合わず、
東大卒の高級官僚のイメージをかえって印象付けていた。さぞかし勉強になったことだろう。
二番手、女優・木野花の「男女は不平等でもいいの?」は中座していて、論評できず。
さて、しんがりの"アンチ高速道路"男の猪瀬直樹は、若者を小ばかにし、のっけから「80代、90代の人と話さなきゃだめだ」と決めつける。
あとは、何を言っても、まともに若者たちの話を聞かず、しまいには涙ぐむ少女もいた。
彼のテーマは「もっと大人と付き合わなきゃダメ」であるが、50代の彼が目下"80代、90代"と話す(取材する)ように、
"いまの10代"は彼のような"50代の大人"と討論しているということが分からない御仁とは!
若者(彼から見て"弱者")に敬意を表するマナー(すなわち余裕)に欠け、人を見下すだけの"権力者"を久しぶりに見た思いである。
しかし、こういう"破壊者"が登場し、大衆に受ける世の中は恐い。
彼を道路公団民営化推進委員に選んだ"変人"小泉首相にも、同じセリフを伝えようではないか。
「もっと"大人"と付き合わなきゃダメ!」。
「これこそ"自虐史観"では!?」
今日(7月18日)のT紙朝刊を見て仰天した。
昨年12月、あの不審船に銃撃された海上保安庁の巡視船「あまみ」の"被害"を、
広告トラックに載せて全国を巡回展示するというのである。
見出しに「132発被弾 壮絶操舵室」とあり、「5月7〜17日に国土交通省玄関ロビーで公開したところ、
職員のほか一般の人を含めて約7千6百人が見学した」ため、"そんなに人気があるなら、
全国の人も見たいだろうからと気を利かせた役人が、北海道から九州までの10か所で展示することにした"(この項、橋本)のだそうである。
もっとも激しく被弾した操舵室の前壁部分をガラス張りの荷台に乗せ、「これ、このように攻撃されたのですよ」
といいたいのだろうが、不審船の船籍("北朝鮮")も特定できない国が、「ひどいことをする国もあるものだ」と、
とっくに船籍を知っている国民に訴えるなんて、自虐的であり、税金のムダ使いも甚だしい。
相手国に抗議する自信もない政府は、矛先を変えて、扇動されやすい国民に、北朝鮮は悪い国だ、
やはり攻められる前に軍備を整えなければという"刷り込み"をやりたいだけである。
それにしても、見学人数は具体的にみえるが、"毎日やむを得ず玄関を行き来せざるを得ない多くの職員"を除けば、
一般人はどれだけだったか、マスコミは取材をしていないのか。
かつての戦争も、報道が誤っていたから、国民に多くの犠牲が出たのである。
(以上、2002・7・18までの執筆)
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