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飽きずにエッセイ2005年11月下旬号

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「子供がかわいそうだ、とは」
 東武鉄道で、また"事件"が起こった。人命にかかわることではなかったが、父親が運転席にいるのを見た三歳の息子がドアをしつこく叩くので、 その子を中に入れたまま一駅間を運行した父親が懲戒解雇になったというお話。
 これに対し、同鉄道には電話やメールで約2千件の意見が寄せられたという。大半は「処分が厳しすぎる」とか 「自分のせいで父親が解雇になったと知ったら、子供がかわいそうだ」というもので、解雇を支持する意見は120件ほどだったそうな。
 世間というか、世論というのか、面白いですねえ。他人事だから勝手なことを言えるのでしょうが、だれかが三歳児に告げ口(密告)するのでしょうか。 彼にはおやじさんの"親切"に感謝するだけの分別もないでしょうから、そんなことを気にする必要もないでしょうに。
 第三者を入れてはいけないことを十分承知していた経験10年のベテラン運転手に解雇とは気の毒なのかどうか分からないが、 子供と一緒に乗っていた妻(母親を兼ねる)はそのときどうしていたのだろう。ただ、可愛い坊やだからと、ボヤっと見ていただけなのか。 あるいは、ちょっとぐらいいいじゃないと放任していたとすれば、その"無責任さ"が責められるべきであろうし、 次に父親の服務規程違反であろう。いや、我慢などをしつけなかったのは両親の責任か。
 「子供がかわいそうだ」という人は、"泣く子と地頭には勝たれぬ"(少し、古すぎるか)という場面を想像して、 ほほえましいと思うタイプなのだろうか。たとえば新幹線の中で、小さな子供が前の座席に立って後ろを向いていると、 孫と錯覚したのか遊び相手になる老婦人は、周りの迷惑など考えていない。また、小学生の兄と妹がドア付近でふざけ騒いでいるのに注意しない両親もいる。 そのうち自分の家にいるつもりか、父親が娘の髪に櫛を入れているではないか。電車内での化粧に文句など言えたギリではない!!
 公私の区別がつかないばかりか、"自己中心"も加わると、謝ったり反省する前に、相手を攻撃するという風潮もある。 何とかならないものかなどと思っていると、4歳男児が盆踊り会場で転び食べていた綿あめの割りばしがのどにつきささった。 病院に連れて行ったが、医師は小脳まで達していた割りばしを見逃し脳挫傷で死亡という、悲惨な事件の公判を伝える記事に出会った(東京11・15)。
 医者が適切な処置をしなかったから死亡したという文脈に、「謝罪の言葉がない」という母親の気持ちを伝えるもの。 しかし、先の懲戒解雇の例ではないが、"転ばぬ先の杖"(親の注意)があれば、このような事故そのものが起こらなかったのではないかと思ったのは、 この事故を報じた6年前のことである。

「結党50年、その血統は…」
 1955(昭和30)年、政界では大きな動きがあった。7月、日本共産党の第6回全国協議会が開かれ党内紛争の解決を見れば、 10月には左右社会党の統一大会が開かれた。11月に自由党と民主党による保守合同がなり、今もつづく自由民主党(自民党)が結成され、 昨日(11月22日)結党50年の"大祝賀会"が行われたのだそうな。
 しかし、それだけではない。4月の第3回統一地方選挙で、創価学会が躍進し(公明党の結成は1964年、東京オリンピックの直後)、 8月にはいわゆる砂川闘争が起こった。もう一つ、現東京都知事の手になる『太陽の季節』が出たのも、この年だった(「太陽族ブーム」は翌年のこと)。
 さて、昨日の話に戻ろう。コイズミ総裁兼内閣総理大臣は、9・11以来いまだ"得意絶頂"にあり、何を喋っても拍手以外にない手ごたえに、 「世界の変化に対応できる改革をしなければならない。…これが政権政党の責務である」などといったそうだ。 この場合の「世界」は「ブッシュ」(=アメリカ)と読み替えると分かりやすい。
 そして、立党五十年宣言には「構造改革、行財政改革、党改革などの諸改革を進めていかなければならない」などと"改革3兄弟"を並べたかと思うと、 新理念として「日本の伝統・文化の尊重」を加えた。つまり、昔はよかった、何よりも気楽に靖国神社にお参りできた…、 しかし今は…。したがって、憲法を改正して、戦争ができる国にしよう、との文脈であろうか。
 さらに、この"宣言"を読み上げたのは、想定外チルドレンの杉村太蔵クンだそうだが、同時に全国組織化された学生部のアピールもあったという。 これはいいところに目をつけたものだが、じつは前例があった。
 「脚光浴びる青少年対策/自民、積極策を推進/新しい票田? 社党も遅れじ」(1963年3月5日読売夕刊〔焦点〕)によると、 池田首相が前年「人づくり政策」を強調すると、自民党は「青少年は社会をおこし、国をになう原動力である」と積極的な青少年対策にのり出し、 つづいて(今はなき?)民社党や社会党も動き出したという。
 自民党いわく「われわれの将来は青年によって決定され、青年をにぎるものが最後の運命を決定する」という基本的な考えに基づいて、 8つの提案をする。そのうち、(6)特殊青少年対策でいう"特殊"とは、いま風にいえば杉村クンらのことを指すのかもしれず、 また(8)に「東京オリンピック」の言葉が出ているのは、またぞろ東京でオリンピックをという声もあり、奇妙な一致ではないか。
 結びは「青少年政策が世界的な動向であることは別にしても、毎年百九十万人前後も誕生する新有権者を、 いかにして我が党に引きつけるか―青少年対策は各党にとって"常に新しき分野"である」と新聞は"本音"を代弁していた。
 つまり、当時は票になるならば、政治家は何でもやるという時代だったが、いまや杉村クンを目玉に、 時間が有り余っている?ニート族を集め"無党派学生軍団"を作ろうというのであろうか。 学生さんたちもずいぶん見込まれたものである。いや、見くびられたというべきか。

(以上、05年11月23日までの執筆)


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