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飽きずにエッセイ2005年11月上旬号

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「早寝、早起き? 何かいいことあるかいな」
 相変わらず、文部科学省(かつて、三流官庁といわれた文部省の後身)は、愚にもつかないことを考えるものだ。 「子どもの生活リズム 向上大作戦!! /『早寝、早起き、朝ご飯』を/来年度から 文科省、全国運動へ」(東京05・11・2)によると、 文部科学省は「早寝、早起き。朝ご飯を食べよう」を合言葉に、来年度から、子どもの生活リズムを向上させるための全国的な事業を展開したいのだそうな。
 いわく、親子早朝マラソン・ウオーク、早朝ごみ拾いなどを例示し、テレビを見ずゲームをしない日を設けるとか、 ユニークなしつけの極意を募集してコンクールを開くとか…。いかにも机上のプランを臆面もなく出すところに、 同省は依然として"生活リズム"がちっとも向上していないことがうかがえる。
 さらに、民間団体や経済界にも広く協力を求め、国民運動として盛り上げたいという発想も陳腐すぎて情けないが、 わが国にはこういうものに喜んで飛びつく暇な老人が多いこと、安上がりなイメージアップと飛びつく企業も多いのが問題であろう。
 しかし、迷惑なのは、当の子どもたちではないか。生れたときは無垢だったのに、話す前からケータイを持たされ、 ジュースやスナック菓子を買わされ、IT時代に遅れないようにとの親心に、インターネットにのめりこまされるなど、 ほとんど大人たちの乱れた生活リズムそのままなのに、いきなり「早寝、早起き、朝ご飯を」ってのは、 ほんとに子どものことを考えていない証拠ではないか。
 文科省のお役人さんはみな独身か、DINKS(共働き子なし)なのだろうか。いや、近ごろ流行らない"親子早朝マラソン・ウオーク、 早朝ごみ拾い"なぞを持ち出すとは、いささか深謀遠慮のにおいがするぞヨ。サマータイムの導入促進か? いやいや憲法が改正された暁には、愛国心ならぬ"道徳"が前面に出てくるのであろう。 今のうちに、しつけを学校などに丸投げする母親たちを洗脳しておこうという作戦だったりして。
 《かげの声:親子ともども"ごみ拾い"の前に、"ごみを捨てない"しつけが必要ではないのか》

「毎度お馴染み、NHKの不祥事」
 役人や大学教授に教師、警察官などが不祥事を起こし、わいせつ行為などハレンチ罪を犯したとなると、 新聞などマスコミはよってたかって大報道をする。近ごろはテレビ局関係者や新聞社員なども、その対象となるのは民主化の証拠であろうか。
 「消防より早く現場到着/逮捕NHK記者 大津の住民目撃」…捕らえてみれば、わが子なりとは、NHK会長の心境らしいが、 そもそも犯人がたまたま役人だったり、NHK記者だったり、警察官だったりするだけで、それほど大騒ぎをすることもないのではないか。
 自覚が足らないとか、矜持に欠けるなどというのは簡単だが、採用するときに適性など厳格な審査をすべきであろう。 もっとも、人間だれでもスランプに陥ったり、嫌気がさしたり、無気力になるもの。それを克服するのが、人間らしさであろうに。
 しかし、識者はいう。「NHKの職員やOBから、最近は職場の人間関係が希薄になっていると聞く」、 「NHKに限らず、報道機関が管理主義的になり、若い記者の教育が疎かになっているのではないか」などと(以上、東京05・11・06)。 だから、どうすりゃ、いいのさ!?
 さて「被害者、関係者、視聴者に心からお詫び申上げます」とのNHK会長に話をもどそう。 事件は「NHKに共通の問題があるとは思えない」と、あくまで個人の問題だという。 そりゃそうだ、組織が一丸となって"放火"をしてたんじゃ、皆さまのNHKも、やはり台所は火の車、と映ってしまう。
 しかし、個人の問題なら、なぜ会長以下、首脳陣がそろって役員報酬(30%、10%)を返上する必要があるのか。 「お詫びの気持ちを見える形で示す」というが、視聴者にその証拠が見えますかねぇ。他企業の謝罪報道と同じで、 通りいっぺん、個性がないですなあ。だから、ヒマな視聴者から抗議の電話が殺到するのですよ?!

「自存自衛か、自滅だったのか」
 間もなく、昭和16(1941)年12月8日(アメリカ時間12月7日)未明に、日本海軍がハワイの真珠湾を攻撃し…、から65年目を迎える。
 その日発表された詔書に「…帝国ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事既ニ此ニ至ル帝国ハ今ヤ自存自衛ノタメ蹶然起ツテ一切ノ障碍ヲ破砕スルノ外ナキナリ…」とあるように、 "自存自衛"のための戦争をはじめたのだった。しかし、敗戦を認めたくない"自尊"歴史論者、あるいは後出しジャンケンの好きな日本人は、 "(列強の支配下にある)アジアの解放"戦争だったと強弁することしきりである。
 当時に戻ろう。『戰線文庫 銃後讀物』(昭和17年4月号)の編集後記に「昭南島〈シンガポール〉に日章旗が翻つてより、 次に来つたものは印度洋を制圧し大東亜海を、わが内海としての雄渾無比の大作戦の展開である。 そして、その脚光を浴びて現はれたものは、印度であり豪州である。この二大国土の運命は、わが皇軍の掌中に握られてゐる」とあるではないか。
 さらに、「大東亜戦争の特色は、資源獲得戦であると同時に、米英撃滅戦であることを忘れてはならない」ともある。 だが、この慰問雑誌『戰線文庫』はなかなかのもので、真珠湾攻撃のかなり前の昭和16年4月号に、 海軍大佐(海軍省軍務局第4課)大宅由耿は「野望はらむ米海軍と太平洋作戦」という論文を掲載し、次のように書き出す。
 「…もし太平洋において日米の間に火花が飛び散ることがあつたすれば、それこそ長へに静かであるべき太平洋は、 太平の名を裏ぎつて世界人類を破滅にみちびき、東西文化を根底から破壊し去り、艨艟〈もうどう=いくさぶね〉海をこえ銀翼天を覆ふの日が来ないと、誰が断言し得ようか」。
 しかし、これは"備えあれば憂いなし"的な論文で、「米国は何故に大軍備に狂奔するか」と、米軍の軍備拡張の実際を数字で述べた後、 「若し太平洋に火花が散つたとすれば、アメリカ艦隊はどう出るか」と、三つの航路をあげる。 そして、戦略上の常識から「ハワイから南下して、パルミラ、グアム、カントン、サモア諸島を経て仏領ニユーカレドニアに至り、 それより豪州のダーヴヰンからシンガポール又はマニラ」にたどり着く南方迂回航路と予想するのだった。
 さて、大宅論文の結論は長いが、当時の状況を知るために引用しよう。「不幸にして、日米の間に戦争が起こつたとしたら、 それこそドエライ戦争となり、烈しき海上ゲリラ戦が長期に亙つて展開されるものと思はねばならぬ。 彼の日本海々戦のやうに、艦隊の主力が互いに太平洋の真只中でガツチリと取組み、一挙に勝負を決するといふが如き場面は容易に出現しないであらう。 アメリカは必ずや、遠巻きに包囲封鎖して、日本の経済屈伏を狙ひ、真綿式戦法を続けて来るものと予想され、 飛行機、潜水艦その他小艦艇などによる前哨戦が絶えず繰返されてゆく近代戦の特徴が出現する。 この間、われわれはいかに厳重な備へをしてゐても、通商破壊戦による海外貿易の杜絶、敵機の空襲、船舶の被害は勿論、 戦線も銃後もはじめから戦場化することを覚悟せねばならぬ、戦闘に勝つても戦争に負けぬことが、総力戦における最後の勝利者である所以である」。
 かくして、日本は昭和天皇も危惧したという対米英戦に突入するのであった。

(以上、05年11月9日までの執筆)


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