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飽きずにエッセイ2005年9月上旬号

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「電話調査って、本当にやっているんだ!!」
 まず、年齢を聞かれ、ついで職業は「文筆業」と3回も言わされたが、ちゃんと書けたかな。さて、質問は今度の衆院選挙に関するものである。 わが地域の小選挙区4人の候補のうち、誰に投票するか? 比例代表では自民・民主・公明・共産・社民・新党日本のどれを書くか?  2004年7月のときは何党だったか(そんな昔のこと、思い出せるか?!)。
 さらに、9月11日に投票をする? に「その予定」と答え、支持政党は「特にナシ」、望ましい政権は? 自公継続、単独自民、 民主単独、非自民連立のどれかと聞かれ、やむなく「非自民連立」と、かなり破れかぶれ気味。
 いよいよ核心に入り、次の総理?は、小泉か岡田しか選択肢がないので、これもやむなく(阪神タイガースの)「岡田」。 郵政民営化を支持するかしないかの二者択一では「しません」など、約5分間の電話による世論調査は無事?終ったのだった。
 なんだか、今年の夏は、『戰線文庫』に関する2本を含め電話による"お答え"が集中してあった。この調査の場合、 事前に私あてに"ご協力のお願い"ハガキが来て、8月31日〜9月3日に、5分〜10分の所要時間でとあった。 もう一つ、調査にご協力いただくのは、同居の20歳以上の有権者の人数を聞いたのち、そのうちの一人を指定するとある。 それを都合よく解釈したわが家の有権者の一人は「私が答える」と張り切っており、私もそれがいいと後押ししたのだが、 あえなく落選、結局私が答えることになったのだが、上記の体たらく。
 実は私の外出中に電話があり、翌日にもう一度かけなおしてもらう際、午後8時にと指定したという。 そのため、私はその時間が近づくにつれて、なぜか緊張し始めたのだから、慣れないということは困ったものだ。
 担当者は、「ありがとうございました。今後の**新聞の紙面に役立たせていただきます」などといっていたが、 固定電話だけの調査に偏りはないのか?(ケータイだけ、あるいはインターネットによるアンケートも問題だと思うが…)
 しかし、本当に役に立つのかな?! あなたの個人情報は守りますという一方で、「では該当する番号は、4番ですね」などと確認しながら、 違う番号に○をするなんてことはないのかしらん(やっぱり、役に立つか!!)。
(本稿は05・09・03執筆)

「"戦争"の私物化?!」
 さいきん"戦争"を私物化したがる年代というのがあるのではないか、と思い始めている。 私が直接、この8月に遭遇した事例が2件あった。一つは終戦2年前の昭和18年10月21日に行なわれた出陣学徒壮行会、 雨中の神宮外苑競技場にはせ参じたという元女学生であり、もう一つは「文藝春秋」9月号所載の拙稿「幻の海軍慰問雑誌」を読まれた男性読者からの"抗議の手紙"である。
 たしかに、体験者としては"筆舌に尽くしがたい"ことだったかもしれないし、どんなに"言葉を費やしても、 伝わらない"と思うもどかしさはあるだろう。しかし、「お話を聞かせてください」と、体験した当事者に聞くことによって、 戦争の悲惨さ、無意味さを"追体験"したい、あるいは"共有"したい人も多くいるはずだ。 つまり、二度と同じ不幸な目に遭わないように、どうすればよいのかのヒントを得るために聞くのであって、 自慢話を聞きたいのではないだろう。
 ところが、自分たちより若いからといって、「経験しないものに分かるはずがない」とか、「戦後60年も過ぎると、 資料から得る過去の歴史になっている」などと頭から決め付けるのは、いささか不遜ではないか。
 彼らが若い世代に、語り継ごうとしないのはなぜだろう。あるいは、各種の資料や体験談などから、戦時体験を"構築"するのは、 やってはいけないことなのだろうか。
 あえて言えば、彼らには貴重な体験をした特権意識に酔い痴れて?いる傲慢ささえ感じる。別の見方をすれば、 同輩がだんだん少なくなり、戦争という"郷愁"を分かち合う仲間がいなくなる寂しさからか、それとも貴重な"財産"を失いたくないからか。 彼らこそ聞く耳持たず、「問答無用!」と口にしかねない輩ではないのか。
 01年の夏に行ったアンケート調査の際にも、似た事例があった。「若者たちは日本史とどう接したか」調査で、 25歳の女性は次のように記した。「戦争体験者の祖父母は、その悲惨さを日々繰り返し家族に語るが、彼らの考えは微妙に右よりなのである。 日本がアジア諸国等に及ぼした悲劇については決して語らないし、悪いとは思っていない。"歴史は語り継ぐもの"という意見があるが、 よほど多くの人の話を聞かねば、公平な意見は持ちにくいのではないか。だから学校の教育のもつ責任は大きい」 (拙稿「(歴史を)よく知る必要がなぜあるのですか―危うい日本人の歴史認識―」)
 彼女のように目覚めた若者が多ければよいが、前回この欄で「なぜ怒らない?"女性枠"」で触れた、飯島首相秘書官の発言に象徴されるような、 われわれ"衆愚"が圧倒的多数を占める"民主主義の国"日本は?! と考えると、暗澹たる気持ちにならざるを得ない。

「やはり還暦? 赤ちゃん返りの日本人」
 この選挙の結果はどうだ! 先祖がえりか、赤ちゃん返りか、日本はまた戦争のできる国になりかねない、 とんでもないことになってしまったではないか。
 驚いたのは、その日2時半ごろ、投票所である中学校の門を入ると、有権者が行列をなしている!!  いままで、こんなことはなかった。投票率も全国平均67.24%とかなり高率なのは、みんな「勝ち馬に乗ろう」という意識が働いたにちがいない。
 今回の衆院総選挙では、コイズミ"刺客・マドンナ"作戦が、予想以上に功を奏し、見事に愚民・日本人を世界に示してくれたといえる。 だだっ子みたいなコイズミに、赤子の手をひねるように、いとも簡単に洗脳された、いや過剰な期待をする日本人て、何なんだろう。
 コマーシャルや白痴番組に洗脳され続けたテレビ世代のユウケンシャやその子どもたちは、何を考えているのか、 いや何も考えていないところが問題なのだが、その昔、占領軍の総司令官マッカーサーは日本を去るとき、 「日本人は12歳だ」という迷セリフ?を吐いた。日本人は憤慨したのか、納得したのか知らないが、今回の体たらく 「赤ちゃん返り」どころの騒ぎではない。
 それもこれも、巨人が弱すぎるからである! えッ、意味が分からないって。何、巨人が強ければ、それで満足する衆愚も、 弱い巨人に欲求不満となり、そのはけ口を刺客とマドンナ主演の田舎芝居「コイズミ劇団」に、酔い痴れようとしたからである。 選挙は人気投票ではない。まして、コイズミは「ヨン様」ではない。いい気になって、投げ銭やお捻り感覚で投票した「あなた」、 そのうちツケが回ってくることを忘れるではないぞ!!
 今回の選挙は、郵政民営化にイエスかノーか、首相はコイズミかオカダか、争点=選択肢はこれだけである。 年金も少子化も、憲法もイラクも、ヤスクニも何もない。コイズミが、造反者に「賛成に回るか否か」を迫ったように、 国民にも二者択一を迫るとは、まさに"踏み絵"政治である。
 キケン極まりないものだが、問題はこれからである。つまり公約(マニフェスト?!)は実行しなく、 公約しないことは勝手にやるというのが、コイズミ流であることを忘れていたのではないか、賛成者は。
 コイズミや自民党を支持した有権者諸君は、あとはどうなれ、ケセラセラ…と思っているのだろうが、 それは「任期は来年9月まで」といっている、コイズミと何ら変わらない。これはもう、ジミン党ではなく、 「グミン党」とでも改名したほうが、よいのではないか。
 消費税が上がろうが、年金がどうなろうが、戦場に駆り出されようが、ケセラセラ…。いや、真面目に言おう。 先祖がえりではなく、60年前の「戦前がえり」である。やがて、諸君は日本の9・11を永遠に呪うことだろう!!

(以上、2005年9月14日までの執筆)


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