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飽きずにエッセイ2005年8月下旬号

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「環境大臣は、BIZネス・ガール?!」
 環境省は、夏場のノーネクタイ姿を提唱した「クールビズ」が功を奏したからと、今度は10月1日から「ウォームビズ」 (重ね着で暖房費節約)キャンペーンを提唱するそうな。
 いわく、男女を問わず、室温20度で快適に"仕事"ができる服装、たとえばニット製品の重ね着や保温性の高い下着、 帽子などの組み合わせスタイルなどで、冬場の暖房費を抑えられ、「クールビズ」とあわせ、夏冬の石油の消費が減ると環境省は目論んでいるらしい。
 ところが、そのトップ小池百合子環境大臣は、そんなヤボなことは言わず、「クールビズはすっかり定着し、百貨店売上高も増えて日本経済をホットにした」と、 対語(クール⇔ホット)に自己満足したのか、いつから経済産業大臣になったのか、逸脱して恥じるところもない(以上、東京05・08・23)。
 ある業界が儲かるから、いいジャンというのだから、京都議定書("地球温暖化の抑制")で踊らされた国民はすっかりバカにされたもんだ。 いやしかし、老人や子ども、果てはパラサイトワイフなどと称される専業主婦は、働かず、どうせ家でゴロゴロしているだけだからキャンペーンの対象外で、 "暖房も好き勝手に"となることを喜ぶべきではないか。一方、"青空の下、新聞などの重ね着で過ごす人たち"は、究極の省エネ貢献者であろうから、 きっと大臣表彰され、副賞として暖衣飽食に与るにちがいない。えッ、それは選挙次第で、どうなるか分からん?! ですって。
 ご丁寧に、後追い記事もあった。「経済効果試算は2323億円/ウォームビズ"クール"の2倍」の内訳は、一人当たり男が約2万6千円、 女は2万3千円を出費すると仮定してだという、第一生命研究所の発表(東京05・08・26)は大きなお世話じゃないですか。 薄着をして風邪を引いたからといっても、それは個人の自由ではありませんか!! いやいや、風邪薬が売れ、製薬会社もコンビニも儲かるか!
 それはさておき、戦前、日中戦争ですでに疲弊し始めていた日本国では、昭和15年6月に「新体制運動」(ぜいたくは敵だ!)が提唱され、 11月には男に国民服が法制化され、義務付けられた。ネライは、1国民精神の高揚、2国民被服の合理化、3軍民被服の近接だという。 すなわち、3にあるように、非戦闘員である国民を軍人と紛らわしくさせるのが目的だった(コイズミ流にいえば、非戦闘員と似た制服を着ている軍人がいるところは"非戦闘地域"であるから、安全だ?!)。
 さらに、女に「もんぺ」、男に「ゲートル」、そして「防空ずきん」の着用が目立つようになったのは、翌16年のことである。
 いま、そこまで近づいてきたのは"戦争"の足音であろうか。暑さ寒さも彼岸まで、などと呑気に言ってはいられない!!

「大地震には、コンビニを!?」
 近ごろ、首都圏8都県市(東京・埼玉・神奈川・千葉の各都県に、さいたま・横浜・川崎・千葉の各市)は、仲良しグループとして、 さまざまな"画策"をしているようだ。たとえば「大地震…1万2000店の"安心"/コンビニも帰宅困難者支援/水、トイレ、情報提供 /首都圏8都県市 9社と調印へ」(東京05・08・24)と相成ったそうだ。
 しかし、「帰宅困難者」なんて、役人はほんとに新語を作るのに長けてますなあ。昔から午前サマがいたり、 終電寝過ごしがいたり、徘徊常習者がいたり、プチ家出人がいたりするのに、彼らを「帰宅困難者」などとは言わなかったじゃないですか?!
 さて、記事によると「8都県市は昨年末までにガソリンスタンド事業者の組合と同様な協定を結んだが、地域によっては組合加盟のスタンドが少ない場所があるが、 帰宅困難者の主な帰宅ルートとなる幹線沿いにコンビニは多く、都の担当者は『帰宅困難者対策としては、大きな前進だ』と言っている」そうだ。
 どこの知恵者が考えたのだろう?! さすがに、新聞も"安心"などと、不安げにカッコ付で紹介しているが、 これまで水害や地震のニュースで、かなり頻度高く報道されるのが、水浸しの、あるいは商品が床に落ちて散らばったコンビニの無残な店内ではなかったか。
 学校や公園などの公的な避難場所はどうなったのだろう。カギの問題や、すぐに駆けつけない職員が多く(効果がないから)、 いま流行りの「官から民へ」の動きに乗じて、24時間営業の"利点"を生かして、コンビニに"白羽の矢"ということか。
 前項の省エネの思想でいえば、蛍光灯だけでなく、夏は冷房、冬は暖房を四六時中つけっぱなしのコンビニ(だけではないが)は、 咎められても誉められるものではないだろうに。しかも、予ねてから万引など"非行の温床"であり、強盗などの被害に遭いやすいというキケンな条件を備える1万2000店は、 自然災害以上の"巣窟"ではないかしらん。
 関連記事によると、「アルバイト教育は?/略奪心配/緊急車両の許可ない」などが、コンビニの現場サイドの不安や不満の声だそうだが、 思うに、彼らの望む"安心"なぞ当分は叶えられない聖域であるぞヨ。
 自らの"特権"を民間に分け与えてやれば、役人の生きる術は限られる。今回のネライは、「帰宅困難者」を人質にした、 警察官や役人上がりが数店を受け持つ"顧問"となって、天下るシステムがゴマンと出来上がるという"高度な戦略"であろう。
 こうして、官は民に流れてゆくのである、永遠に。

「自殺のススメ?!」
 近ごろ、民の官に阿〈おもね〉る傾向が目立つなか、今度はネット業界が「自殺予告者の氏名提供/人命優先 警察へ情報基準」をまとめたという。 つまり、「インターネットの自殺サイトを通じた集団自殺が急増しているのを受け、プロバイダーなどで作る業界4団体は、警察に自殺予告者などの情報提供を行う基準や手続きなどをまとめたガイドラインを発表した」そうだ。 これを受けて、自殺予告だけでは犯罪に当たらないとする警察庁は「より多くの人命が救えるようになる」と期待している(東京05・08・26)というからメデタイ。
 一見もっともらしい話に聞こえるが、これはいま流行りの個人情報保護法に抵触しないのだろうか。 あるいは、憲法第19条に定める"内心の自由"を侵すのではないかと気になりますなあ。
 誤解を恐れずに言えば"自殺"もその人にとって、人生の選択肢の一つではないのかしらん。 さらに、これらの自殺者は一昨年に12件34人、昨年19件55人、今年半期で25件71人死んでいるそうだが、 これは"漸増"であって「集団自殺が急増」というのは、ちと大げさな表現ではないだろうか、新聞サン。
 7年連続とかで、毎年、中高年を中心に3万人以上の自殺者が出ているのに、「より多くの人命が救えるようになる」"対策を講じた"なんて、 言葉は一度も聞かれなかったではないか。要するに、名目は大衆受けすれば何でもよく、インターネットという便利なシステムを駆使する組織(巨大な"町内会")を手なずけておけば、 いつでも手足として使えるという魂胆であろう。
 ともあれ"集団自殺"だからいけないのか、昔からある"無理心中"は、よいというのか。 インターネットを使うからいけないというならば、インターネットを禁止すればよいだけの話ではないか。
 などと息巻いていると、今度は「裁判長、未遂者に自殺の勧め?/『手法いろいろ』『首吊りは?』 さいたま地裁 初公判で発言」などという記事に出会った(東京05・08・27)。
 ガス自殺を図ったが死に切れず、アパート階上の住人を死なせた男性被告(54)に対し、男性裁判官(58)は「人を巻き込まない方法は考えなかったのか」 「自殺の方法はいろいろあるよね」と質問したり、「首をつることは」と聞いたり、「どうして自殺できなかったの」などと事細かく聞いたのだが、 自殺を思いとどまるよう諭す発言はなかったそうだ。
 彼は職務を忘れたというより、まさか自殺サイトのアクセス常連者?ではないでしょうな。これまでも実情にあわず、 人情のカケラもない判決が下されるのは、裁判官が世の中を知らないからだなどと言われてきたが、これなどもその典型となるのではないかしらん。
 内心の自由は無視されても、言論の自由は保障されているぞヨ、この国(の役人に)は?!

「なぜ怒らない? "女性枠"」
 昨日公示された、郵政関連法案の参院否決を受けての衆院解散・選挙について、マスコミはこぞって、 「刺客」だか「くノ一」(≒ 9・11)などと、コイズミ劇場を囃しているが、ちとノー天気過ぎるのではないか。
 敵陣営の選挙区に、強力な対抗馬を送り込むのは、アメリカでの戦法らしく、さすがアメリカ命、いやアメリカ追随の首相らしいが、 郵政は自民に優勢となるのか、女性枠はそれほど意義があるのか?
 男女ほぼ同数の世の中、政治家はじめ女性の社会進出が遅れているのは、わが国民性によるようだが、 もう一つ言葉に鈍感なのも国民性ではないのか。
 政治の世界で女性枠というのは、北欧とくに1970年代のノルウエーで、女性の活躍が活発となって、政界に設けられたもので、 いまや男女構成比はほぼ同じだという。翻って、自民党のいう女性枠は、大臣を割り振る際の総裁派閥は何人、何々派閥は何人、 参院枠は何人、民間枠は何人という発想の延長上のものでしかない。ありていにいえば、甲子園野球の21世紀枠みたいな特例であろう。
 女性をバカにした発想と取られても仕方がないのに、女性たちの反論はさっぱりなのはどうしたわけか。 名だたる評論家の皆さんも、男性を意識した人選、同性は冷ややか、ミスコンでは? ぶりっ子ばっかり、 彼女らのネライは自分のキャリアアップだけなどと言い出す始末、いささか冷静さを欠いてヒステリック気味だ。
 総じてキャリアウーマンをそろえて、一見見栄えはするが、いったい彼女らはいつから政治家志望だったのかしらん。 それは、政治なんかバカらしくてやらないなどと言っていたホリエモンこと堀江何がしにも言えるが、本人以上に、 声をかけた岡田民主党もコイズミ自民党も、節操がなさすぎる。政治家いや国会っていったい何なのだ。
 ところで、30年以上もコイズミ氏に仕える飯島首相秘書官は、2001年秋に次のように言っていたそうだ。 「マンガ本やスポーツ紙、婦人雑誌の取材に最優先で応じてきた」のは、「国民の7割は政治に無関心。新聞の政治面なんて読まない。 見るのはスポーツ紙の政治面、テレビのワイドショー」と。すでに劇場型政治を喝破していたということか。
 これを、昨日の"新聞の政治面"で読んだ、3割以下の少数派である私は、なるほど、ワンフレーズ純ちゃんの、 支持率がまた上がるわけだと認めざるを得なかった。
 マドンナ、いや惑うな有権者諸君!! といいたいところだが……。わしゃ、もう知らんぞ! 日本の9・11以降は?!

*今回のテーマは「かくて、民は包囲され、やがて動きがとれなくなる…」でした。
(以上、2005年8月31日までの執筆)


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