飽きずにエッセイ2005年6月上旬号
「何が、クール・ビズだ?!」
かつて、半そでスーツの省エネルックを奨励する時代があった。1979年、時の大平首相がモデルの写真もあるが、
私は後の首相羽田さんが着ていたのしか覚えていない。いずれにしても人気がなく、ひと夏で5着しか売れなかったとは、
伊勢丹の話だそうだ。
そして今年、「電力消費を抑え地球温暖化防止につなげよう」と環境省が音頭をとったものらしいが、
デザインはコシノ・ジュンコに依頼し、その愛称を募集して、3200通の中から選ばれたのが、COOL(涼しい、格好がいい)とビジネスのBIZの造語だそうだが、
環境省は肌着の選び方など年代別のマニュアルを作ったり、ノーネクタイの言い訳バッジ(エアコンは1℃おさえよう)を配ったりと、
至れり尽くせりだが、幼稚園児じゃあるまいし。結局、没個性の"夏の制服"オンパレードになるのでは。
しかし、いまごろ「地球温暖化防止」をダシにするなんて、姑息だなあ。そうか、ホリエモンの真似をしたなんて、
いえないからか。
しかし、議員諸公はじめ官庁や企業の要人たちの冷房をきかせた専用車なんぞは、地球温暖化防止に逆行しているのじゃないか。
新聞に全面広告を出し、モデルとなって舞い上がった感じの小池百合子環境相は「『クール・ビズ』は二十一世紀です」とのたもうたそうだ。
ならば、「セパ交流試合も二十一世紀です」だろうし、もっと大胆に言えば、「『靖国には参拝しません』こそ二十一世紀」ではないかしらん、コイズミ君?!
一方、1948年に一度は導入されたサマータイムも、またぞろ法律を作って導入したい議員諸公がいるそうだが、
昨年実施した札幌市のアンケートでは睡眠不足との声が多く、また他の国でも弊害が大きいと、数年で中止したとか。
同じ効果を狙うのなら、テレビの24時間放送や、コンビニの深夜営業などを禁止したほうが、よっぽど省エネになるビズ、いや、なるはず。
さらに、意図的に"停電"を実施すれば、彼のニューヨーク大停電ではないが、少子化も解消されるのではないかしらん。
諸君、もっと怠惰に頭を使おう!!
思うに、この"クルビ"作戦、一部の業界に経済効果があるだけで、この夏はクロが減ってシロが増える、
オセロも真っ青の現象だけが、歴史に残るのではないか。
「半日デモ、一日デモ」
4月に荒れ狂った? 中国での反日デモは、小泉首相の靖国参拝問題など政治的というより、経済格差(貧富の差)から、
国民の不満が政府当局に向かわないように、ガス抜きのための"政府公認"デモだったという説がもっぱらであった。
新聞などの報道は、何か核心を突くものが乏しく、「どうもそうらしいが、本当かな?」という欲求不満が残った。
しかし、こういうナマの話には説得力がある。北京、広州などで反日デモが行われた前日のこと。
上海で、中国語を現地の大学生に習っている駐在員氏は、学生から「明日、政府の指示でデモに参加しなければならなくなったので、
レッスンは休みにして欲しい」といわれたそうだ《正直で、よろしい!》。中国では、個人が自由にデモや集会に参加することはできず、
それらの行動は共産党が指導者を定めて、党の指導のもとに行われているという《いずれ、日本も、そうなるかもしれない?!》。
一方、山東省への旅から帰ってきた人の話によると、反日デモの影響など何も感じなかった。日本人の観光客はお金をたくさん落としていくと歓迎され、
また日本語のできる人の就職率は100%だそうだ。ちなみに英語の場合は60%とか。デモをするのは暇をもてあます人たち、ということだったそうだ。
中国は広い。そして、政治的駆け引きはうまい、したたかである。かつて「首相、外相、官房長官」以外の靖国参拝は構わない、
という密約があったとかなかったとか。こういう国を相手に、内政干渉だの、心の問題である、などと呟いたところで説得力はない。
よりによって、孔子の母国に対して、「罪を憎んで、人を憎まず」などという首相をいただく、この国の愚民の一人としては、
情けなさを通りこし、"半日デモ、一日デモ"寝ていたいものである。
「青少年の健全な育成とは?!」
各都道府県は、なぜか他にやることがいっぱいあるのに、いつも青少年問題に"腐心"しているようだ。
たとえば、今年3月31日に改正された「東京都青少年の健全な育成に関する条例」の第4条の2(保護者の責務)として
「保護者は、青少年を健全に育成することが自らの責務であることを自覚して、青少年を保護し、教育するように努めるとともに、
青少年が健やかに成長することができるように努めなければならない」とは、なぜ今さら、こんなことを条例化するのか。
保護者とは、親権を行う者、後見人その他の者で青少年を現に保護監督するものをいうらしいが、この条文を裏返せば、
親たちが"親権"を放棄しているか、売春や万引を奨励するか、あるいは「友だち親子」のようなケースが多いということだろうが、
どれもその人たちの自由ではないか。なぜ「自己責任」の一言ですませないのか。
もう一つ、第18条の3「保護者及び青少年の育成にかかわる者は、青少年のうち特に心身の変化が著しく、かつ、
人格が形成途上である者に対しては、性行動について特に慎重であるよう配慮を促すように努めなければならない」うえに、
第18条の6(青少年に対する反倫理的な性交等の禁止)では「何人も、青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行ってはならない」とあるのは、
ケイタイ等による援助交際を問題にしているのだろうが、これも的外れ。ケイタイ禁止を先にいえばすむことだ。
も一ついえば、「人格が形成途上である者」なんて、何も(18歳未満の)青少年に限ったことではない、
かなりの大人がそれに該当するであろうに。
いや、ちょっと真面目に考えよう。私の知る限りでは、スイスの場合、1991年に性交渉の可能な年齢を16歳から14歳に下げている。
ただし、男女の年齢差は4つ以上離れていてはいけないとの歯止めもある、という。いいことかどうかは知りませんがね。
都条例の18条には他にも追加があって、例えば(安易な性行動を助長する情報を提供しないための自主的な取組)として、
その「5 青少年に対して情報の提供を行うことを業とする者は、青少年の安易な性行動をいたずらに助長するなど青少年の性に関する健全な成長を阻害するおそれがある情報を提供することのないよう、
自主的な取組に努めなければならない」というが、だれも「青少年に対して情報の提供を行」っているとは思っていないはずだから、
その効果は望めそうもない。
さらに(インターネット利用に係る保護者等の責務)として、その「8 保護者は、青少年に有益なソフトウェアの利用により、
青少年がインターネットを適正に利用できるように努めなければならない」そうだ。
しかし、最近の中国のネット事情(1億人が接触するが、その大半は十代から20代前半だとか)を見るまでもなく、また、
女子小学生による同級生殺人のように、保護者の放任、野放しが大半だろう。
いつも思うのだが、当事者の青少年を抜きにした議論ばかりで、何も解決しないのではないかと思うと同時に、
かつて子どもだった大人(保護者)たちが、少しも学習していないということではないか。
(以上、2005年6月8日までの執筆)
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