飽きずにエッセイ2005年3月上旬号
「憲法を変える?!」その1
自民党新憲法起草委員会(2月24日)で、意見が一致したのは、青少年の健全育成の観点から、有害図書の出版・販売を法律で禁止することを明確にする、
そして外国人の権利・義務は明記するが、在日外国人の地方参政権は認めない方向など、だそうな。
前者の問題点は、ア)"有害図書"の定義があいまい(現状でも、"青少年の健全育成"と結びつけるのは強引なコジツケ)、
イ)"出版"を禁止するのは、現行憲法でも無理ではないか?(そうか!"新憲法"では、それを可能にするわけか)。
ここには、"有害図書"を排除するという魂胆が根底にあり、これが成立すれば、"青少年"に関わりなく、
その時々の"権力者らに都合の悪いあらゆる出版物"が排除されることだ!! 言論の自由なんて表向きだけで、
窮屈な世の中になるのは、60数年前の歴史が証明している。とはいえ、出版界に危機意識はあるのだろうか。
さらに、出版にかぎらずメディア側の早い対応があるのかどうか、心もとない。
後者は巧妙ですねえ。「外国人」と「在日外国人」の区別に気がつきましたか? 具体的にいえば、欧米人の優遇、
アジア人の排斥ということでしょうか。つまりは明治以来の白人コンプレックスに、その裏返しの自分たちと同じ黄色人種はキライという深層心理からでしょうね。
「憲法を変える?!」その2
いま与党が国会に提出しようとしている国民投票法案、すなわち憲法改正の手続きに関するこの法案は、現行憲法で、
衆参の総議員の3分の2以上の賛成のうえ、有権者の過半数の賛成が必要との第96条を初めて発動するものだが、
一括して賛否を問うのか、条文ごとに問うのか、その結果次第で、国民生活に大きな影響を及ぼすこと必至である。
国民の意見を求める、という点では「エエことやんか」となりそうだが、その国民とやらが総保守というか、
政治的無関心の大集団、つまり「国民保護法案」を文字通り"国民を保護してくれるありがたい法律"とスナオに喜ぶ輩ばかり、
これでは自民党でなくてもほくそえむ!?
ちなみに、昨年の衆院議員サンたちへのアンケートでは、一括23%、条文ごと44%、どちらともいえない33%という数字だったそうな。
つまり、"選良"でさえこの程度?!(そのうち、「一括と言え!」と一喝されて、彼らを選んだ国民も含め"一括"となりそうな気配は濃厚!)
「憲法を変える?!」その3
ふたたび、自民党新憲法起草委員会の「前文小委員会」(2月27日)は、論点整理として、GHQの押し付け憲法から脱却する?
意思表示として、「日本国民が民主主義手続きによってつくった初の憲法と宣言する」とか「公共の利益と自己責任」だとか、
「国の独立・安全を自ら守る」などと、キレイゴトを並べ、"格調高い美しい文章にする"ため、
有名作家たとえば「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」の俵万智センセイが有力候補だとか。
"日本国民"が"民主主義手続き" によって、というところがミソですねえ。単純に「国民保護法案」を喜ぶ、
外国人でないというだけの"日本国民"に「責任」(すなわち、自己責任)だけ押し付け、民主主義手続き
(すなわち、「一括」を選択するしかない国民投票)で、という意味だろうから。
さらに「公共の利益と自己責任」の"公共"も"公害"と同じ程度のマイナスイメージでしかなく、
加えて流行り言葉「自己責任」を押し付けられれば、だれでも尻込みしたくなる……(それが、ネライ?)。
もうひとつ、「国の独立・安全を自ら守る」は言わずもがな。これまで以上に、アメリカの保護下に="国の独立"であり、
アメリカ軍に従う="安全を自ら守る"ということは、"GHQの押し付け"ではなく、"自らの意思で""アメリカに保護される"のだから、
"独立"国家として"誇りを持て"という文脈となること必定。
《正夢とならないよう、目を醒ましたくないなあ?! 》
(以上、2005年3月2日までの執筆)
「水も漏らさぬ?!」
公務員は気楽な商売、とは実際に公務員だった方たちは実感していることだろう。そうでもない、という人はよほど仕事熱心か、
正直すぎて上司に睨まれていた人たちであろう。
さて、地方公務員の場合。「スーツ代35億円返還を/大阪市の支給問題 歴代市長へ市民団体」(02・20)によると、
大阪市が係長以下の職員に「制服」と称してスーツを支給していた問題で、事実上の給与に当たるとして、
過去10年間の35億円を返還せよと市民団体が監査請求を起すという(1着3万円前後、これを集団着服という?!)。
一方、東京都の水道局では、料金収納や給水事故対応のため、夜間待機する職員に支給する待機手当を年間10億円も支払っているという(02・24)。
夕方から翌朝まで26か所で109人が待機、うち46人が料金収納や問合せ業務を担当しているが、この間の料金収納は全体の0・3%に過ぎず、
その多くは料金滞納者であるそうな。漏水事故も緊急性がないと、監査法人の報告にあるという。
水道局では「今回の報告を真摯に受け止め、改善に取組む」そうだが、来年度予算はすでに内定? している。
「バレては仕方がない」という反省のない顔が見えるようだ。
ところで、水道の"使用量"は、水漏れが半分近くというのは公然の事実である。だから、
「年間10億円ぐらい、どうということはない」と、水道局員に成り代わって述べておこう。
いずれにしても、地方公務員に、こういうチエが働くのは、やはりヒマなせいか、それとも薄給に泣いているからかと思いきや、
「国家公務員給与『厚遇』くっきり/地方では民間上回る/大半が自動昇給」と、上には上があるようだ(02・23)。
公務員は気楽な商売、なのである、ナアご同輩!(えッ、アンタは公務員じゃない!?)
話は少しちがうが、「茨城の障害者施設/『予算消化』で ふかひれ購入/5年で3000万円」(02・23)は、
県立の施設で職員や入所者の給食材料として、ふかひれなどの高級食材を駆け込みで大量に購入していたという。
施設側は「年度末に予算を消化しなければならないとの思い込みがあった」とのたもうたが、なに、
予算は「どうせ貰ったものだもの、自分にご褒美なぜ悪い」がホンネだろう。もしかして「警察だってやってるじゃないか」と、
思っていれば救いがない。《いっそのこと、みんなで公務員になるか!》
「"武装"する学校」
寝屋川市での小学校教職員殺傷事件を受けての、各地でのオオカミ少年的"対策"は、気持ちは分かるが短絡的ではないか。
数年前の池田小の場合は、"国立"だったせいか、文部科学大臣もお出ましの厚遇を極めた対策が採られた。
その後似たような事件が起こるたびに、"開かれた学校"は必要だが、"地域の協力"も限界があり、
やはり"警察の協力"をお願いしなければというすばやい反応は、なぜか? 時あたかも年度末。
しかし、学校の内外で、児童や生徒が事件を起したとき、「おとなしい、フツーの子だった」とか、いじめや体罰にも
「気がつかなかった」というぐらいの"子どもが見えない" フツーのセンセイには、どんな対策をしたところで、
あまり効果は期待できないだろう。それでなくたって、先生は忙しいのだから。
まして、警察に依頼するというのは? いまの警察官ってそんなに信頼されているのかしらん。
先日は、帰宅が遅くなるからと飲酒運転の検証をサボった警官がいたし、あのコイズミさんに至っては、
「暴れた男にひるんだ警官/首相『逃げるとは何事か』/閣僚懇で異例の苦言」(02・22夕)を呈したという。
その程度の"責任感"と"職務に徹する"のがフツーの警官なのに、いつ訪ねてくるかもしれない"暴漢"を、
だれだろうと"傍観"するのが関の山ではないか。
要するに、学校は責任逃れと見えるし、教育委員会はここぞとばかり点数稼ぎをしたいだけではないか。
たとえば、「無料で学校巡回 警備会社に依頼/財政難の豊島区『一肌脱いで』」だとか、
「中央区の全区立小中学校/正面をオートロック/腕時計型非常ボタン」は、5500万円かけて今年3月中に整備するのだという。
さらに、葛飾区の教育委員会は、制服警官による区立学校のパトロールを、学校敷地内を含めて実施するよう地元警察に依頼したという。
それだけではない、学校玄関のカメラつきインターホンと電子錠、さすまたや催涙スプレーも全校に完備するというが、
"武装"するなら、もっと徹底して、いっそのことマシンガンでも備えたらいかがか。
もう少し追加しよう。名古屋市と神戸市では全新入学児童に防犯ブザーを配布することを決めたという。
また神奈川県の逗子市(当初日本の、ついで米軍の弾薬庫のあったところ)ではGPS(衛星利用測位システム)の端末を、
すべての新入学児童に持たせるという(03・09)。
ともあれ、お金のある自治体は拙速に走るのが好きなようだが、関係業者が儲かるだけではないのか。
《いずれにしても、仏作って魂入れず、のオンパレード!》
次項にみるように、"家族をつくる"前に、殺される子どもは多く、ランドセルを"脱げば"楽に遊べると思う、
子どもの心理が分からない大人たちよ、目を醒ませ!!
「家族をつくるもの…」
昨今の新聞に、やたら全面広告が多いのは景気がよいからではなく、掲載料金が安くなっているからであろう。
ともあれ、愛・地球博なんていう大阪万博以来だが、も一つ盛り上がらないものから、消費者金融に、
クルマそして携帯電話が多いのは"時代"であろう。
さまざまなメッセージを送り、購買意欲を掻き立てるのは広告の使命だが、なかでもNTTドコモの「家族は、会話でできている。」(03・07)は、
よく"できている。"もんですねえ。傑作と称えるために、少し長いが引用しましょう。
「家族って、なんだろう?/家族を家族にしていくものって、なんだろう?/そう考えてみた時に、思いました。
/家族をつくるものは、ただ同じ家に住んでいるとか、/そういうことだけじゃなくて。/家族をつくっているのは会話なんじゃないか、って。
/「おはよう」とか「行ってきます」とか「ただいま」とか。/「そっちはどう?」とか「ちゃんと食べてる?」とか。
/どんなささいなことでもいい。/面と向かって、じゃなくてもいい。/言葉を交わせば、そこになにかが
/きっとつながって行くのだと思います。」
いやあ、「家族をつくる」なんて、斬新な発想ですねえ?! しかも「家族をつくっているのは会話なんじゃないか、って。」
大発見したらしいのも素晴らしいですねえ。
ともあれ、"糸デンワ"でもできることを、家族がわざわざ離れたところから、「そっちはどう?」とか「ちゃんと食べてる?」などというほど、
この国の庶民は大邸宅に住んでいるらしい!!
すでに、数年前にケータイによる恋人同士の会話があった。「いま、何してるの?」「お前と電話してる…」。
こういう手合いが大人になり、"家族をつくって"来たから、こんな広告に、易々と乗せられるんだろうな、きっと。
私も、言いたいですねえ。「家族は崩壊してるってことじゃない?! 」《将来、本当に学校で「家族とは?」と聞かれた
"右手にケータイ、左手にブザー"育ちの子供たちが「会話でできている。」と答えるんじゃないかと心配であるゾヨ》
(以上、2005年3月9日までの執筆)
kenha@wj8.so-net.ne.jp