つづくかエッセイ 10月下旬号
「昭和の新宿体験ツアー」参加 その2
《承前》さて、ツアーの目玉は“食う”ことであろうか。
いや、コースには中村屋本店の前を通り越して、新宿大通り(5)もあるではないか。
まだくたびれてはいないが、紀伊国屋書店や新宿三越ビル、丸井など高層ビル街をそぞろ歩いて、伊勢丹本店前で老ガイドは止まる。
改めて、道路の反対側から伊勢丹本店の建物を見上げると、壁面に微妙に違いがある。
つまり隣接する別のデパート「ほてい屋」を買収して一つのビルにしたのだという。
創業者は小菅丹治といい、店名を伊勢屋丹治呉服店として、神田で開業したのが始まりだそうだが、私は突然、学生時代のことを思い出した。
背広を作るつもりで、友人とこの本店に行き、いくつかの見本を見比べていたのだが、店員は愛想がない。
ちょっと心証を害した私に友人が加勢して、社長に抗議しようじゃないかというので、つい調子に乗って「“伊勢丹衛門”を出せ」と小さく口には出したが、
もちろん、店員は引っ込んだまま、相手にしてくれなかった、というお粗末。
それはそれとして、創業者以来、社長の名が“伊勢丹衛門”とそれほど違っていなかったことを確認したことである。
さて、このツアーのメインイベントは、中村屋での早めの夕食である。本日の日付入りメニューにはこうある(タテ18センチ強×ヨコ8センチ強:カラー版)。
順に 〜昭和初期メニュー再現・寿司パン〜 ザクスカ / 〜昭和2年からのロシア料理〜 ボルシチ /
〜中村屋伝統の味〜 中華饅 / 〜昭和初期発売〜 伊府麺 / 〜愛され続けて84年〜 新宿中村屋純印度式カリー /
コーヒー という次第である。
それぞれ、少量ではあったが、最後のカリーまでたどりつく前に、わが腹はかなり苦しんでおりました。
まあ、メニューをいくら眺めたところで、口にしなければ美味しさも何もわからないが、ともあれ、これらを食する前に、
なんと35分にわたる料理長だかによる、スライドを使っての“中村屋一代記”を伺うという趣向は、予想に反してなかなかのものでした?!
《なお、ほどなく全面改築のため3年ほどお休みだそうです。もっとも、隣の高野ビルのワンフロアを借りて仮営業をする由)。
ところで、私がこの中村屋本店のカリーについて、「(ラス・)ビハリ・ボースの指導?で、和菓子屋の中村屋はインドカレーの専門店となった」
と記したのは1982年ごろのことです(拙著『父は祖国を売ったか』P143-144)。
(余談だが、いわゆるコリアンタウンといわれる“大久保通りから職安通りへ抜ける「新大久保の竹下通り」”などの“案内”が欠落しているのは、どうしてだろうか? 推測するに、今は平成の世。したがって、この“昭和の新宿”企画の関係者らには関係ないということであろうか。 しかし、大正や昭和の生まれも“今”を生きているのではないかしらん?!)
(以上、2011年10月18日までの執筆)
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