からむコラム目次

からむコラム 2002年5月号

4月号     6月上旬号


「"みずほ"は"三すくみ"!?」
 日本興業、第一勧業、富士の3行が統合して世界一の大銀行をめざしていた「みずほ銀行」は、 4月1日の発足前から懸念されていたシステム障害を起こし、混乱に陥った。 3行それぞれの意識、思惑などによる"人為ミス"のようだが、みずほホールディングス社長の釈明が9日も遅れて、 さらに顧客の不信感を買った。関係者によると、今回のトラブルの原因は「互いの足を踏みあう出身銀行別の抗争」という。
 ホールディングス(holdings、複数形)とは「持ち株(会社)」のことだが、 単数のホールディングは、バスケットボールやフットボールなどで腕や手で相手の邪魔をする反則行為を指す。 また、ボクシングでクリンチ(組み合い)になるのは、相手の腕などを「ホールド」して、攻撃を防ぐためである。 今年のサッカーW杯でもホールディングを厳しく判定するという。
 フェアプレーを要求されるスポーツでさえ、大勢の観客を前に違反行為をするくらいだから、 三つ巴の争いに終始する巨大銀行が、"顧客"を無視して、ゴングの鳴る前から相互に足を踏み合い、 ホールディング(正確には、複数形?)するのも当たり前か。
 しかし、レフェリー(国)も顧客も怒らず及び腰なのは、一つ穴のムジナ的なこの国のシステムに起因する。 とはいえ、顧客も逃げ出せば、新銀行は自らホールドアップ(お手上げ)になってしまいかねない。

「朝は毎日、さわやかか」
 どんよりした朝である。8時過ぎ、近くの公立小学校から、児童による校内放送が聞こえてきた。
 「みなさん、おはようございます。今日も元気に登校できましたか。さあ、窓を開けて、 さわやかな空気を部屋いっぱいに入れましょう」
 内容に反して、子ども(放送係)の声に元気がないのは体調が悪いからかもしれないが、 今朝はどうみても、さわやかな感じはしない。なのに、この学校は20年来(開校以来?)、 夏でも冬でも、雨の日も蒸し暑い日でも、まったく変わらない放送(表現)を続けさせている。
 日本は四季折々、花や木だけでなく、気候も変化し、それらによって人の気持ちも微妙に変化する。 気分が晴れ晴れとなったり、うっとうしいと思ったりするのは、子どもだって例外ではない。
 "総合教育"とやらが始まったが、キレたり、暴力をふるったり、引きこもったりする時代に、 千篇一律、お題目を唱えさせるようでは、子どもたちの豊かな表現力や感受性など期待できないではないか。
 若者が表現力に乏しいといわれるのは、"変わっている"、"違っていていい"ということを認めない、 このような教育に原因があるのではないかと、私は今朝もさわやかでない気分でからむのである。

「日本はアメリカの51番目の州?!」
 作家の水木楊が『文藝春秋』5月号に近未来シミュレーションと銘うち、 「2007年『合衆国日本州』誕生す」という一文を寄せている。 今年暮れに起こる金融危機で、小泉政権が行き詰まり、デノミにより新しい貨幣単位は「両」、 1ドル=1・42両の貨幣制度が発足する…。 そして、2007年2月に、尖閣諸島周辺に現われた中国北海艦隊が魚釣島を支配、 空と海の自衛隊が出動するが…。 一方、政界では石原慎太郎が新党「自主独立党」を結成し、また小沢一郎は自由党、民主党、 自民党の有志を軸に「自由民主同盟党」を結成、その政策は「米国との完璧なる同盟」で…、 国民は小沢新党を選ぶ。 自由の女神が待つアメリカに、"国ぐるみで引っ越そうではないかと日本中が浮き立ち、 日米大合併は実現した"云々とある。
 "合併"は、そんなに難しいことなのかというのが読後感である。 というのも、私が"数年前の実感"として「日本はアメリカの51番目の州と思った方が理解しやすい」と手帳に記したのは95年1月初旬のことである (「けん語録(その3)」に掲出)。
 戦後幾ばくもせずに、わが国は「アメリカがクシャミをすれば、風邪を引く」というお国柄、 まして9・11以降の小泉首相のアメリカべったりをみるまでもない。

「立ちションもできなくなる?!」
 トイレで座って小用をたす男がいるということを知ったときは、苦々しく思ったものだが、 さいきん首都圏の主婦985人に聞いたTOTO(サッカーくじのtotoではない)の調査によると、 「立って」80・4%、「座って」14・7%、「分からない」4・4%だったという(東京4・27)。
 14・7%は少ない数字に見えるが、12年前に社員と家族に聞いたときには3・9%だったというから4倍に増えている (しかし、この比較は統計学では無意味のハズ)。
 「立って」と「分からない」組の主婦が困っているのは、「トイレ周りの汚れ」だそうで、 「座ってしてもらいたい」は21%もいたという。
 男性の女性化は、いまに始まったことではなく、男らしさ、女らしさなどといえば、 "性差別"とのお叱りを受けそうな世の中である。 しかし、夫婦や恋人のペアルック、ママチャリの普及(オス犬が電柱めがけて脚を上げるスタイルの消滅!)、 美容院の利用(化粧)など他愛無いといえばいえるが、子どものころから座ってするのが当たり前と習慣づけられた男が出てくれば (すでに、座って体育着に着替える男子中学生もいる)、世も末じゃ、TOTO(とうとう)そこまで来たか、 などと笑っている場合ではない。
 無邪気な"飛ばしっこ"や、男の連帯を確認する"連れション"もすたれ…、 いや、まさか、この不況で、メーカーは男性トイレ改造の"特需"を狙っているのかな。

「入院見舞いも義理で…(ちょっとミス!)」
 ある入院患者(女性)を見舞いに来た中年の女性は、早口にまくし立てた。
 「どうしたんですか?」「入院したんですか?」「聞いたから、来ない訳にいかないでしょ。あらっ!」。 隣で聞いていた人は思わず吹き出してしまったという。
 看護婦(近ごろは、男女平等で看護師という)も、ときには話が通じないことがある。 「いま、お宅には?」、私「だれもいません」。「一人住まいですか」、私「いや、カミさんと息子が」。 「そうですか」で終わったのは、いったい何の質問だったのだろう。
 つづきもある。ドクター「いつ健康診断を受けましたか」、私「53のとき勤めを辞めてから…」 と小声でいうと、「10年前ですね」という。え、まだ7年しか経っていないはずだが…。 カルテをみると、名前の次に「63歳」とある。しかし、私は昭和13年4月1日の生まれではない (四月バカの日というのも、できすぎではないか)。
 思わず、「この63歳というのは何ですか」と訊ねた。 いつの間に、4つも歳をとったのか。 間もなく60歳を迎えてなどと考えていたのに、いきなり63歳とは?
 紹介の医院がちがう人のデータを誤記したようだが、 大袈裟にいえば「肺炎」といわれたよりショックだった。 人はどんな原因でも死に至るにちがいない。

(以上、2002・5・3までの執筆)


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