からむコラム目次

からむコラム 2002年1月号

2月号


「新年明けまして…はめでたいか」
 貰うのはうれしくても、出すのは面倒? なのが年賀状であるようだ。
 今年いただいたものを見ると、表の手書きも少数派になる一方で、文面は カラフルなものが増えている。しかし、メインタイトル? は「謹賀新年」 が圧倒的に多く、ついで「謹んで新春の(新春のお慶びを)」派も多彩に、 「賀正」「迎春」「頌春」「賀春」「初春」「恭賀新年」などと昔ながらの定型 組も健在である。どうして日本人は老いも若きも保守的なのだろう。
 ここ数年、私も用いる「新年おめでとう…」や「明け(あけ)まして…」 という、やわらかなご挨拶が増えているのはメデタイが、困ったことに「新 年明けまして…」というのが時々ある。これは「一月元旦」がダブリ表現で あるように、「新年」と「明けまして」は同じことを意味するので、ご注意を。 まさか、パソコンの「年賀状ソフト」に入っているということでは……。

「同時"多発"テロ」
 昨年9月、民間機によるアメリカの世界貿易センタービル(2棟)と国防 総省へ3機が激突、さらにもう1機も疑惑が持たれているが、真相は不明 (これには、御巣鷹山に墜落したJALの真相が伏せられている状況に似て いるという説がある)。だれが仕掛けようと、テロ行為は許されるものではな いが、アメリカにも狙われる"理由"があったと考えるのは自然であろう。
 さて、ブッシュ大統領が指揮する報復戦争への小泉首相の性急な"参戦" ぶりに危惧する人(いや、諸手をあげて賛成した人)も多いと思われるが、 さらにNHKをはじめとするメディアが、このテロを"同時多発テロ"と連発 するはしゃぎ振りには目を覆いたくなる。たしかに"同時"ではあるが、日 本語では2つや3つぐらいで、"多発"というには無理がある(せいぜい東京 新聞の「米中枢同時テロ」が妥当なところ)。
 報道する側も受ける側も戦争を知らない世代が圧倒的。このあたりにアメリカ 主導(いや、追随の)、"好戦的"日本人の危うさが潜んでいる。

「成人式はなぜ廃止できないか」
 今年の成人式は1月14日だったが、目立ちたかったのか、沖縄では13日 にやったようで、酒樽を持ち込んだりして騒いだ7人が補導された。また、さ いたま市では、新成人に大人しくしてもらうために、保護者同伴にしたという。
 一昨年あたりから問題視されている成人式だが、廃止を前提の議論がないの はなぜだろう。まず、役所では予算を組んでおり(担当も配置)、いったん決め たことは簡単に止めないという役人根性(その逆は"前例がない"から"認め ない")、よそが止めないのに、ウチだけが…という"横並び"思考、また首長 や名士はここぞとばかり演説し、アピールしたいからだ。
 しかし、本当のところは、だれも口にしないが、たった一日のために、 新成人たちが利用する貸衣装などの関係業界の生死がかかっているからではないか。 先の沖縄の例でいえば、「3億円」事業だとか。全国的に見れば、その100倍くらいであろうか。 写真館も理美容院も地元の"有力者"であれば、止めるわけがないであろう。
 かくして、"大人になりたくない" 新成人たちは、ニュースを盛り上げるためだけでなく、 堂々と税金の無駄遣いに加担し、かつ地域振興に貢献しているのだ。健気ではないか。

「ホームページって、なんだ?」
 ご覧のHPは昨年12月初旬に立ち上げた。最初に思いついたのは2000年6月 18日で、トップページは今のイメージに近く、"日本の心"とメモにある。「見や すい」「すばらしい」「なごみ系ですね」などと、ホメ? られたのは、コンテンツ ではなく、デザインだったのには、少しガッカリした(制作は「職業プログラマ」 のわが娘が担当)。
 ところで、HPは時どき更新しないと、見てもらえなくなる可能性があるが、 ある社のケースには思わず唸った。私「1年半以上も更新されていませんね」、そ の社長「ええ」。私「どうしてですか」、社長「○○さんが産休なものですから、 できないんです」。私は「……」。小人数の家庭的な会社とはいえ、そんな社内 (個人的な)事情を聞かされてどうするというのだ。
 おかしな話だが、HPが長く更新されないと、その会社が"死んで"しまった ように思われる時代が、もうすぐそこに来ているようである。

「こちら、こちらの連発は日本語を貧困にする」
 NHKに限らずアナウンサーやレポーターが、方向を示す代名詞(ここ・そこ ・こちら・そちら・あちら等)を、すべて「こちら」に"統一"してしまったのは、 いつからだろうか。さらに、近くの「(モノに対し)これ」「(場所に対し)ここ」 「(人に対し)この方」というべきところを、やはりすべて「こちら」で済ませ ているのは手抜きであり、かつ日本語を貧困にするばかりで言語道断というほかない。
 マスコミの影響力は大きい。一般社会にもすぐ浸透するから困る。「こちら (この)の欄には、お送りするお客様のお名前と住所を…」(某デパートの中元用 紙)、「出口はこちら(あちら)」(某薬チェーン店の「あちら」矢印つき案内板)、 そして私自身、「こちら(これ)、落ちましたよ」と後ろから声をかけられ振り向くと、 若い女性が自転車のキーを渡してくれた。
 NHKなどメディアは豊かな日本語の将来にどのような責任を感じているのだろうか。

(以上、2002・1・22までの執筆)


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