飽きずにエッセイ2005年12月下旬号
「資格は"死角"」
四角な紙の「身分証明書」や「資格証」、そしてブランドに弱い日本人は、同時に信じやすい、騙されやすい日本人でもある。
先ごろまで"性善説"だったという建設業界による、姉歯センセイが主役の座を下ろされた耐震強度偽装問題など、その最たるものであろう。
だから、"ニセ医者8年、約2千万円の年収"の無免許センセイの、慶応大学医学部卒・米大リーグの医療スタッフなどという、
ちょっと調べれば、すぐバレるような虚偽申告がまかり通るわけである。
バレない秘訣は「本当の医者より親切であること」というから、資格をお持ちの先生方は、
彼のツメの垢でも煎じて飲むか、他山の石(=医師)として、反省したほうがいいのじゃないかしらん。
そういえば、"権威"大学病院では、医療死亡事故が多いですなあ。
もう一つは、殺人にまで到ったケース。少子化だからか、教育熱心だからか、勝ち組になりたいからか、
いま学習塾は全国的に盛んだそうだが、学校とちがって講師の"資格"は問わない?ため、ついに小学6年生女児が殺されてしまった(次項参照)。
いい加減な業界じゃないかと思えば、こんな例もある。昨年ある予備校に通い、この春、一浪で合格した近所の大学生は、
その予備校から「講師の誘いがあった」ので、アルバイトの一つとして考えて気軽に応じた。
しかし、簡単に"講師になれる"ものではなかった。まず、学力・適性などの資格試験があり、それをパスすると、
夏休みに本部で何日間かの研修(模擬実習)があり、それを経て9月から、やっと近くの教室で小学中学年の授業を持つようになったという。
慎重な予備校もあるではないかと感心していたが、ある日、その学生に出会った。いつもとちがい、
見慣れないスーツ姿とネクタイに革靴である。どうしたのかと聞くと、これから予備校へ行くところですという。
なんで? と聞いてみると、こんな格好をしないと、親がうるさいらしいですよ。「馬子にも衣装」というコトワザがあったが、
中身はどうでもよいのかしらん?!
数年前、カリスマ美容師なんてのがもてはやされたが、技術は優れていても無資格がばれて、"レッドカード"となった。
残ったのは、相変わらず"カリスマなんとやら"という虚像を好む日本人だけ?!
そのうち、わがコイズミ君は日本最初のカリスマ総理、なんてことになるかもしれない。あな、おそろしや!!
「殺せば、終りか…"愛のムチ"どころか"人間の無知"」
京都宇治市の学習塾殺人事件で、犯人(23歳)は「日ごろから相性が悪く、1対1になったとき、『あっちに行って』と言われ、
かっとなってやった」というには、計画的な犯行であった。
私は当初から"男女関係"と睨んでいた。東京から引っ越してきた少女12歳は、もう立派な大人?! そして、
聞きなれぬ彼女の江戸(東京)弁は、きっと新鮮に映ったことだろう。頭もいいし、可愛い!! 少女にオーラを感じたかどうか知らないが、
いつしか、一方的な恋心が芽生え、独占したくなる…。
このあたりは、仕事と個人感情の分離ができない"未熟な大人"の身勝手な思いだが、変なところに頭が働く。
国語のアンケートをとると称して、他の生徒を別の教室に向かわせ、少女と二人だけになる機会を設け、そして凶行。
用意していた凶器は包丁が2本、ハンマー1本、何が、かっとなって、だ。
無視されるどころか、毛嫌いされてしまった。自尊心を傷つけられ、(支配できたはずの)オレはどうなってしまうんだろう、
というナルシズム、このままではオレは壊れてしまう、あの児がいなくなればオレは救われる?! なんて、劇画チックな妄想が高じたのは、
ロリコンだったからかどうか。
講師と受講生は、志望校に合格という目的に向かって二人三脚、時には恋愛感情も加わるという。
家庭教師の場合はもっとキケンだ。それも、1対1になるのは生徒とばかり限らず、その母親と関係するという例もあった。
学校や塾で、また通学路で、罪もないのに殺傷される時代、いまや子どもにとって安全な場所はなくなった。
いちばんの問題は、家庭がもっとも危険だということを、親も周りも認めないことだ。
ケータイを持たせたから安心とか、ウチは「GPS(汎地球測位システム)よ」などと自慢している親に限って、
責任を学校や塾や、近所になすりつけたがる。その昔、頭のいい子は塾に行かせ、そうでない子には野球などスポーツをやらせる理由は、
どこかに預けておれば、親として"安心"だったからだ。
いま、学校の授業は進学に"役に立たない"ため、塾が大流行りなのだそうだが、親心としては"大金"を払っているのだから、
勉強だけでなく身の安全も保障しろと、"契約"以外の高望み?! 相変わらず「子どものために」は、「私のエゴのために」でしかなかった。
「年末にあたり…」
今年は公私ともに、いろいろありました。戦後60年、梶山季之没後30年、そして私自身"月給取り"を辞めて10年という節目の年でもありました。
4月に出版メディアパルから『発禁・わいせつ・知る権利と規制の変遷―出版年表―』を出してもらい、
梶山の命日である5月11日に「電子版 梶山季之資料館」を正式に立ち上げることができ、
7月には日本出版社の『戰線文庫』復刻版が日の目を見ると、新聞や雑誌そしてFM放送からも声がかかり、
また講演など、忙しくも、ありがたいことでした。
一方、この一年、私の"裏番組"は医者通いで、以下のごとし…。
昨夏来の尿酸結石の問題も解消しはじめた1月末、年表作りと『戰線文庫』との"格闘"で過労のため? 深夜にひっくり返り、
救急車で病院に運ばれ、急性胃腸炎とかで約12時間の入院生活。岐阜への取材もキャンセル、その後1週間は禁酒していたが、
実は暮から、息子の大学受験と義母の入院・転院が重なり、家中? 正月どころではなく、いつの間にか、初体験?の便秘状態に…。
しばらくすると、今度は両手親指の付け根が痛みだす。これも、初めての症状で気になり、近くの整形外科へ。
レントゲンを撮るため、台の上に乗せた両手で、それぞれ影絵のようにウサギだかキツネの形を作れという。
診断は、軟骨の磨耗だったか水分不足だったか、いわゆる加齢のためだそうな。安心していいのか、がっかりしていいのか、
黙って軟膏をもらって帰ってきた。
5月はじめ、半年に1回の歯のチェックでお茶の水へ。これは異常なし。7月、市の誕生日検診では血圧も正常(140-80)、
尿酸結石も無罪放免、やれやれと思っていたところへ、家族が過労とやらで、見舞いもしながら自ら病院通い、と相成った。
秋風が吹くころ、大学時代の友人が急死した。血圧が高かったことも原因の一つと話すと、
「あなたも診てもらったほうがいいわよ」としつこく迫る家族。とりあえず、埃をかぶりかけていたオムロン製だかで測ってみると、
なんと、信じられない高値安定?! 慌てて、かかりつけ医者に駆け込んだのは10月はじめ。市販の機械は数値が高く出る、
余り気にしないで。2週間おきに様子を見ましょうと、ひとまず安心させてくれたが、寒くなる季節がら、弱い降下剤を出してもらって、
現在は10数年ぶりにこの薬のご厄介に。
これで終ると思いきや、11月なかばごろ、首や肩が凝ったり痛み出す。寒いからだと思うが、腰も痛くなる。
勇躍?(だれも勧めないので)近くにできた接骨院に飛び込む。電気マッサージ20分に、脚や腰を曲げたり、ひねったり、
挙句に懸垂といって"首吊り"を10分間など(この間、月末に義母が亡くなり)、約1か月通っていたころ、風邪を引いてしまった。
人前で喋るのに困ったなと思いながら、風邪薬を呑んでいたが、気がついてみると、首や腰の痛みがなくなっている。
何か、肩の荷が下りたような感じだなと思って、はたと気がついた。馴れない講演が重荷だったんですなあ、きっと。
それでは、皆さま、良いお年を!
5年目となる来年は「ひたすらコラム」の予定です。引きつづき、ご愛顧のほどを。
(以上、05年12月21日までの執筆)
kenha@wj8.so-net.ne.jp