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飽きずにエッセイ2005年1月上旬号

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「珍しい年明け」
 この正月は、内外とも多事多難で、めでたさも 中ぐらいなり おらが春(一茶) の心境である。
 いつも、元日の朝から、お屠蘇をいただいていたのに、今年に限って、夕方まで一滴も飲まなかった。 どうしたわけか?! 10日までに追加の原稿を送れという積み残しがあったからで、新聞も読まず、朝ごはんの味噌汁を作って、 その後に色紙だけは書いた。これは数年のわが行事である。
  大晦日に
    袈裟の人から/今朝ノ酒とどく
    イカの粕漬/毛がにを相手に
    はぁ、酔い酔い          ―北海おけさ(第16号)―

 酒も飲まずに、よくこんなことをやっているものだ。メールでも賀状を送ったあと、年賀状も眺めたし、サッカーも見た。 仕事をしたのは、午前4時から2時間と、午後の3時間だった。
 酒といえば、昨年4月カミさんから、パック入りの安い酒ではなく、高い瓶詰のほうが、(病気にもなりにくく)安上がりだと、 ものの本に書いてあるといわれ、宗旨替えした。といって、小遣いを値上げしてくれるわけでもないから、あるスーパーを中心に、 次のようなものを買っていた。
 高清水(秋田・精選)→越の誉(新潟・本醸造 上撰)→沢の鶴(灘・本醸造 上撰)→松竹梅(伏見・上撰)→白鹿(西宮・吟醸酒) →栄川(会津・本醸造)→黄桜(伏見・金印)→剣菱(灘・**)→月桂冠(伏見・上撰)→大関(西宮・銀冠)→土佐鶴(高知・上等辛口)、 次も土佐鶴で、ついに"道楽"は7月で止めてしまった。購入した銘柄を覚え切れなかったからで、 今は高清水や黄桜の空瓶が転がっている。
 ちなみに、上記「今朝ノ酒」は、北海道旭川の「男山」生原酒(12月29日搾り)で、冷蔵庫に保存し、少しずつ、 しかも1週間で飲めという代物である。
 しかし、勿体ないから、間に偽ビールや焼酎、時に南アフリカ産のワインなどを飲むことにしている。 でも、早く仕事をしなくちゃ!!

「節目の年いろいろ」
 メールとハガキの"賀状"に、
 「今年は"戦後60年"そして"梶山季之没後30年"の節目の年であります。/いま私は戦時中の海軍慰問雑誌『戰線文庫』に関する企画に関わり (6月末刊行予定)、また、わが師の命日5月11日に向け「電子版 梶山季之資料館」(HP検索語)の作成を続けております。 /"戦争"はもちろん"言論・表現の自由"も私たちに無関係ではありません。いま"戦争"に突き進もうとする、 わが国の過去を見つめ直そうではありませんか!《トリ腰苦労、と笑ってばかりはおれません》」と記したところ……。
 年末にドイツを訪問した高校時代の友人から「戦後という言葉を忘れて もうどれくらいになるのか /いまだ戦後と 正面から向き合っている国があった」という感想と自筆絵入の年賀状をもらった。
 ところで、節目の年は30と60だけではなかった。間に割って入ってきたのが、40と50である。
 ある友人の賀状に、「本年は日韓国交回復40周年を記念する『日韓友情年』の年です  何かの形で日韓間の文化交流に役立つ仕事ができることを念じております」とあった。 彼は永年"マンガ"文化にかかわっている人物である。
 韓国といえば、梶山季之の生まれ故郷だが、年配の方から「最近の韓国映画にハマッています」とか、 「初めて韓国の地を踏んだのは1974年11月のこと、訪韓31年目を迎え、いましばらく韓国の古美術や史蹟を訪ねるたびを続ける」 というのもあった。
 さて、50年は何か。年賀状など来るわけはないが、自民党の結党50年だそうで、何が何でも憲法改正に向けて、 この秋の"記念日"までに、結論を出したいのだそうな。コイズミ自民党は、強引にやるにちがいない。
 こんなことに気づかなかった私の目は、節穴だったのかと思うと残念でならない。 今年は街を歩くにも伏し目がちになりそうだ?!

「流行、いまも昔も」
 出版関係を中心に、明治前後から04年まで、約140年間の"年表"を作っていて、いくつか面白いことに気がついた。
 その一つは、「流行/流行語」。若い女性などが「うさぎを飼う」のは、最近の流行りのようだが、 すでに明治5年7月ごろ"ウサギを弄ぶ"ことが流行ったため、9月にはウサギ市場が禁止されたが、 12(1879)年8月ごろに再び流行したという。しばらく音沙汰なかったが、昭和10(1935)年に突如「アンゴラウサギ」が流行語として登場するが、 事情はよく分からない。昭和54(1979)年に、日本人は「ウサギ小屋」に住んでいると揶揄されれたというが、 じつはホメ言葉だったと、ある外交官の本に記されているという。
 ともあれ、ウサギ飼育は、20年ほど前にも、「流行している」という新聞記事があった。いま、それを探しているところである。
 ここ数年"自殺"が大問題だが、明治13年には「京都で身投げ、自殺者増加」だとか、同20年〜25年には自殺者数が5千人台から7千人台に増えている。 昭和に入って8年1月、女子生徒の噴火口への投身自殺により大島三原山が自殺の名所となった(4月までに60人、未遂160人)。 戦時中はだれしも"自殺"どころではなかったようだが、戦争末期のサイパンや沖縄での"集団自決"は痛ましく、 (やがて"交通戦争"時代となり、41(1966)年の交通事故死者数は1万3319人と戦後最高を記録)、 61年にはアイドル歌手岡田有希子の飛び降り自殺で、後追い自殺が続出する……。そしていま、ケータイ練炭自殺?!
 出版関係では、1901(明治34)年に、本を「つんどく」と、すぐに廃刊になる雑誌を「三号雑誌」と言ったのは三日坊主からの連想だとある。 戦後も流行った言葉だが、その意は、3合も呑めば酔いつぶれる粗悪なカストリ焼酎と、「カストリ雑誌」のちゃんぽんだとか。
 明治時代は、書籍を「しょじゃく」とよみ(書籍館=図書館)、読書を「とくしょ」、読本を「とくほん」(貼りぐすりのようだ!)、 万年筆を「まんねんふで」と称していた時代でもあった。
 さて、コイズミ君のイラク自衛隊派遣は、「国益」のためだというが、この語が流行ったのは明治20年で、 マッチの製造にも牛肉店にもこの字をつけたとか。そういえば、アメリカの牛肉輸入禁止は、国益のためだったか。
 翌21年には、「帝国」が流行したというから、コイズミ君の続投は不気味な予感?! さらに翌年は、「…的」というから、 わたくし的には、ますます頭が混乱しそうだ。

(以上、2005年1月12日までの執筆)


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