”書くこと”−ドストエフスキーの主人公について
橋本健午(露文3年)
彼の作品の主人公たち、登場人物はすべてモデルがあるといわれている。
その一つひとつが研究されて、本になっているくらいである。
あの精神分裂的な異常人物たちが、実在していたと考えるのは愉快なことである。
あるいは、それほどでなくても、何らかの徴候を持った人間がいたと思えば……。
もう一つ別の観点から見ると、彼の小説において女性が主人公であったことがない、 つまり、常に副人物としてしか描かれていない。何故そうであったか。 ドストエフスキーは自分の作品の中で、一人ぐらい女性を主人公(ヒロイン)にして書く必要がどうしてなかったのだろうか。
いま挙げた二つの問題には、関係があるように思われる。
まず、主人公について――
そのモデルがいたかどうかということは、実は大して問題にならないと思う。
なぜならば、彼の主人公といえば、たいてい、社会の底辺に近い、どこにでも見出せるような、虐げられた人間たち、
強くもなく、富んでもいなく、おそらく存在しても、何の益にもならないような人々、それでいて、いささか変質的で、
どこか異常で、それこそ狂人と天才の間にいつもいるような人々である。
社会に受け入れられないということを、自らも知っている、いわばアウトサイダーの一つの型を具備している彼ら、 そういう主人公たちは、どうみても、当の作者自身の姿ではなかったか。
彼は、小説を書くとき、十分に計算して、結末までちゃんとはっきりしておいて、書き出すというタイプではなく、
ある一つの思想さえあれば、主人公を設定して、それにさほどの性格・特徴を与えないまヽ、
まず書き始めるというほうではないだろうか。
そして、進行して行くに従って、主人公たちに様々な性格を付与する。
だから、出来上がった作品は、冗長で、散漫で、ぼう大なものとなる(ここで作品の良し悪しは問題にはしていない)。
そうなれば、モデルがいてもいなくても、同じことなのだ。
次に、女性が主人公にならなかった点についていえば、ドストエフスキーには、
女性コンプレックスのようなものがあったのではないだろうか。
彼は、あまり持てるような男ではなかったし、最初の妻にしたところで、暴力的にその妻にしたような面がある。
彼自身のそのような考察は、ひとまず置くとして、女性が重要視されなかったことについて述べると、
彼にはその必然性がほとんどなかったと考えられる。
女性を軽視したとか、蔑視したという意味ではなく、彼には自分自身との区別が判然としないような主人公を、
一生懸命に描くとき、女性はほとんど要らないのである。
自分の分身を描くことが、最大の急務で、ソーニャの如き娼婦でありながら、清らかな心の持ち主は、 泥沼であえぐ自分とは、さほど縁がなかったのであろう。それは借り物でよいのだ。 彼の世界に彼と、彼の分身とが存在するだけで、地下生活は十分なのだ。他人の入り込む余地はない。 別の言葉でいえば、女性は生かされようとはしなかったのだ。
そのような作者を、片手落ちとか、不完全だといって責めることができるだろうか。
彼の作品が、暗く、陰うつであって、華やかさが足らないとしても、それは彼の作品の偉大さを少しも犯しはしないだろう。
<1965・1・17学校の図書館にて>
《3編の再録にあたって》
私は1962年4月〜1966年3月、早稲田大学露文学専修に学んだ。
卒業論文に取り上げた、ドストエフスキーに関する前段的な"論文"として、これら3編が残っている。
「『地下生活者の手記』試論」は既述のように、入学後しばらくして作られた、真面目な勉強会で発表したものである。
なお、主宰者のY.H君(女性)については、本HPの別稿「Y.H君を偲ぶ」がある。
あとの2編は、ある正月の一日、図書館にこもって、一気に書いたもので、
未熟かつ勘違いや論理不明な点がうかがえる代物だが、若き日の"証拠"として、そのまま掲載する次第である。2003・10・29 橋本健午
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