けん語録−青春編−(その2)
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願うのは 世界永久平和(1・20) |
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一人だけの 幸福は 何のためにも ならない(1・30) |
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これからの 国際平和のためには 不偏不党の精神 でなければならない(3・15) |
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全人類が 平和に 平等に 生存できるというのは 大事なことだ(同) |
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どうも女性は 外面的な方ばかり 発達して 内部、とくに 頭の方がだめだ(同) |
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現天皇が「人間」に なってから 十数年も経過しているのに どうも時代が 逆行しているようだ(5・13『朝日ジャーナル』へ投書<没>) |
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われわれ 青少年の問題は 今日に始まった ことではない(同) |
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自分で考えなければ 何が真理で 何が真理でないかが 分からない(学園新聞に4・25付) |
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いわゆる「遊ぶ」 余裕のない者は 利己的な人間に なりやすいのではないか(同) |
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学校が 一時的に集まる 「群衆」の場 であってはならない(同) |
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意見を異にし 議論してこそ 価値があるのだ(同) |
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人格などは 生きている間は 永久にまつわりつく ものである(同) |
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常に 相手によって 試験されている のである(同) |
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なんど手がけても 途中でやめて しまうのが 日記である(8・26) |
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他人に迷惑を かけない限り 自分の思う通りの 道を歩めばよい(8・27) |
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自由にできるのは 自分の身だけだ(同) |
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頭がよいだけでは よい人間になれない(同) |
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人間、この中途半端なもの(11・28) |
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何故に吾 人間として 生まれたか それは宿命か 因果か(同) |
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人間は 矛盾したことを 知らん顔で やってのける(手紙に12・10) |
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その時 私たちは 友だちとして つき合い始めた のである(1月 日記より) |
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「我が生涯の幸福。私は少年で、彼女は少女である。」 これが私の小説の 書き出しだった(1・14) |
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徐々にではあるが 昔の状態に もどそうと たくらんでいる人間が 多いのだ(2・26) |
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気づいているものほど 不満が 多いものだ(3月) |
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私はただ 私の道を歩む だけである(3・19) |
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ある程度 成長して 単に遊ぶだけの 友では 満足できなくなった(4・11) |
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私は元来 人と歩調を 合わすほど 都合のいい人間 ではない(4月) |
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自分のことも 満足にできないのに 他人に干渉するな(5・2) |
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男である前に 人間でなければ ならない(同) |
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秀才が 必ずしも 人格者である とは限らない(6・6) |
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来年の三月は 二月の次で 四月の 前の月に相違ない(6・9) |
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二者択一の場合 Cはいずれを 選んでもよいが 選択権は当然 AにもBにもある(6・28) |
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正月だからといって いつもと変わったことを したいとかの 希望は何もない(12・7 手紙に) |
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時々 感傷的になれば 何かで気をまぎらす 術を心得ている(同) |
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どのような 環境にいても 人によっては 楽しい人もあり そうでない人もいる(同) |
kenha@wj8.so-net.ne.jp