けん語録−青春編−(その11)
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いつも 笑顔でいるひとは かげで それだけ 泣いている(6・6) |
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今私が 自らを爆発させないのは 私自身の 精神衛生のためだ(6・7) |
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自分自身を 批判できない人間が どうして 他を批判できるか(6・8) |
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可愛さのなくなった人間は どうすることもできない(6・24) |
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他人より 自己しか 憎めない 悲しい心(同) |
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私はあらゆる意味で 単純な人間ではない それは一筋縄ではいかないということであり 容易に本心をのぞかせないということであり 幸か不幸か他人の心理・心の動きを 大体読みとれるということである(6・25) |
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誤解されるということは 大半は受けとり手の側に その責任がある 充分に相手の立場に 立っていないという点で(同) |
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他人は "ひとを見る眼"がないのだ という風に考える方が 健康的である(同) |
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美しい女人の姿を 思い浮かべることは むしろ より人間的であり 健康なことである(同) |
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私には 他人に妬まれる処があるらしい しかし それは他人が 私に対する劣等感から そんな風な気持を抱くのだと解釈している(同) |
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他人を妬む前に 自ら大いに努力をすればよいのだ それができなければ 始めから 対抗意識を 放棄すればよいのである(同) |
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私は他人を 好きか嫌いかの どちらかに分類し それぞれの相手に 対処している(同) |
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不幸なことに 私には 他人の心の動きがよく解りすぎる 解ってしまうと それを無視できなくなる そこで私の心中で 様々な相剋が 起こるのである(同) |
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私は友情にしても 何にしても 表面それほど 派手に見せる方ではない しかし 心の中では 他人以上に 心配している と自負している(同) |
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私は必要以上に潔癖な方で そういう意味では 動物的であるよりは むしろ聖人君子に近い(同) |
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私は他人に 好かれるたちである と思っている(同) |
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私には いつでも気にいった女と 一緒にいたいという"欲望"がある しかし、たヾそれだけのことである(同) |
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恋愛とか結婚は 概ね男の無能さと 女の誤解の上に 成り立っている(8・14) |
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道化役者は 人生を知っている だからこそ 彼らは他人に 笑われようとするのだ しかし 他人の振り見て 笑うものこそ 道化なのだ(同) |
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性欲はあまり貴いものではない しかも 往々にしてそれに支配されるから 人間とは弱いものである カミュは 性欲は何も生み出さないと言った これは確かだ(8・21) |
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愛のために性欲が 動員されるとは考えられない 性行為はまさに動物的 そのものであり それをいやと思わないのは 愛のために行われると 誰もが錯覚しているからである 娼婦を抱く場合は 金のためである(同) |
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男が女のために恋人のために 一生懸命働くとか勉強する というのは虚偽である もし本当にそう思っている男は だらしのない男であり 相手にそう思わせている男は 自分の言葉を信じてはいない(8・21) |
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彼は女性に惹かれるのではなく 母性に惹かれるのだ 彼の求めているのは 愛する相手ではなくて 自分を構ってくれる やさしい女性なのだ(8・26) |
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エゴイズム 性欲においてすら 人間はエゴなのだ いや性欲こそ エゴの権化なのだ 一心同体になれないのだという絶望 それは性欲においては 深刻である(8・27) |
kenha@wj8.so-net.ne.jp