「ひたすらコラム」 2006年5月上旬号
「開襟シャツは、解禁ならず」
プロ野球パリーグが始まって、まだ一月も経たない4月18日、日本ハムの新庄剛志選手は試合終了後、
今期限りの"引退"を発表し大騒ぎとなった。なかでも球界の長老はシーズン途中での発表は"不謹慎"と非難し、
また「チームの他の選手の志気に影響する」などという幼稚園児向けの発言もあった。
しかし、新庄クンのパフォーマンスは終らず、同月30日さらに「襟付きシャツで出場し、ユニホームのボタンを2つはずし、
黒い襟を出す格好」で登場したのだ。事前に球審に"了解"を取った新庄クンはやけに"常識人"だが、対戦相手の、
いやWBC初代世界王者監督となった王サンからクレームがついたり、「青少年に悪影響」なんていうソフトバンク側のコメントは、
さらに不可解である。
かつて、プロ野球の選手が試合後のインタビューなどで、首にバスタオルを捲くのを真似た高校生がいたものだが、
監督や親たちは注意したのかしらん。さらに、今はハイタッチも「最初はグー」(と、武部調が流行っているが)、
これは少年野球も同じ。さらに、サッカーで得点すると男同士が抱き合う、バレーボールでは何人もとハイタッチ。
いずれも、ホモを連想? させるからと禁止にすべきではないか。
話はもどって、新庄クンだから許されるなどという肯定論もあるが、そもそもプロ野球選手は個人事業主であり、
「やる気がうせたかどうか」はともかく、自分を守るのは自分しかない。チームワークが大事だといっても、
それは監督の仕事ではないのか。
似たような例として、つい先日、サッカーW杯を目前にしてフランスの名手ジダンはW杯後の引退を表明している。
出場する前提での表明だから、大した自信ではないか。監督らが地団駄踏んでも仕方がない現実がそこにはある。
さらに、新庄クンは5月に入り、襟が赤い開襟シャツを着て出てきて、また"退場"させられたようだが、
意に介さないところが、彼の"心情"らしい?!
自己責任だとか、空気を読めだとか無責任な外野はその時々で勝手なことをいう。ともあれ「男は美学」である。
公平を期せば「女は度胸」であろう。
もう一ついえば、ややレームダック気味のブッシュ政権は体育会系だという。
いずれも、細かな規則や窮屈なユニホームで縛りつけるなんて、流行らないのじゃないかしらん。
「団塊の世代は、特権階級か」
数年前、「われわれ団塊世代向けの"応援歌"となる本を書いてくれませんか」と、ある編集者にいわれたことがある。
それなりに金を持っている世代だとか、競争に強いとか言われもしたが、私はバカバカしいので止めてしまったことがある。
昨今、これら団塊世代が定年退職する2007年問題とかで、世はうるさい限り。たとえば東京新聞によると
「団塊移住 自治体が必死/強い『ふるさと願望』つかめ/『平日は都会』もOK 他世代から"激励"も」(4・26)と"神頼み"的なものもあれば、
「宮城の教員派遣受け入れ 都教委/団塊世代、大量退職控え」(3・17夕)とか、「団塊教員OBら活用し無料補修/07年度から文科省方針」(5・1夕)と、
教職の分野でも彼らは"青田刈り"にあっているそうな。
教員が"聖職"といわれた時代ははるか昔、いま団塊の"段階"に入っているらしく、東京都では「07年度から17年度にかけて毎年、
2千人を超える退職者が出る」とか。でも、定年はいずれも60歳ではないのか。とすれば、これらの論法に矛盾はないのかしらん。
もう一つの現実をみよう。「団塊ジュニア世代女性/30歳まで半数『子どもなし』」というのは厚生労働省(3・4)。
この世代の人口は各年とも2百万人以上だが、「1971−1974年に生れた第二次ベビーブーム世代の女性の約半数は30歳までに赤ちゃんを産んでいない」晩産化・無産化の傾向だそうだ。
ということは、教員の親と子と孫の世代を短絡的に見れば、大量退職だから慌てて教員を増やすものの、
学ぶ児童・生徒は増えるどころか減るのではないかしらん。
老婆心ながら、"タテ割り行政"の弊が、ここでも出ていないことを祈るのみ。
「日本人の、安全保障?!」
学校は教師と児童・生徒の問題だけではなく、"名札はずし"や防犯ブザー問題もある。
"名札はずし"とは「子供狙う犯罪対策で加速/小学校名札離れ/都内で全廃例・校外では裏返しも」(4・25)という事態への窮余策だそうで、
子どもは名前を呼ばれると安心するから、校外では外すのだという。
いま、自分の会社に入るにも写真つきのIDカードをぶら下げなければならない世の中。
一般人が出入りする銀行や病院でも同じだが、一方で"個人情報"の過剰なる反応が広がり匿名ばやり、
それを子どもの時から身につけさせようという時代になったということか。
でも、私立に限らず、制服に制帽がほとんどであるし、ランドセルやかばんもお揃えのところがかなりある。
犯罪者は何を"目印"にエモノを狙うかといえば、これらの"特徴"である。名札をはずしただけで、問題が解決すれば世話はない。
ついで、防犯ブザーの問題。これまで、ブザーを持たせるだの、ケータイで"監視"するだの、
子ども対策は"親の弱みに付け込む"商魂たくましい企業によってさまざまに展開されてきた。
ところが、ここに来て、警察庁や文部科学省では「防犯ブザーの音 統一基準を検討」するのは、SOSを発信しても、
聞こえづらかったり目覚ましみたいで、効果がないからだという(5・1夕)。
少し前には、家庭内の炊飯器など家電製品の音がメーカーによってさまざまで、
とくに目の不自由な人やお年寄りは困っているという事例があったが、これとは本質的にちがう問題ではないのか。
思うに、"騒音社会"に問題がある。家庭内のテレビにしろ、街中の宣伝も"大音声"である。そんな中で話をしようとすれば、
とうぜん声高になる。私的なケータイでも周りの迷惑など、お構いなしである。
しかし、学校関係者や保護者殿、ご安心ください!!
「不審者情報 メールで配信/教委向け NECがサービス」(4・14)は「不審者発見の情報を一般の人から教育委員会が受け、
学校や保護者など最大百万人のパソコンや携帯電話にメールを一斉送信」してくれるというではないか。
戦前、国が義務化した隣組制度に代って、いま民間が"密告の奨励"を行うのだという。
こうして、日本人は"安全"と引き換えに"安心"を失っていく。メデタシ?!
(以上、06年5月9日までの執筆)
kenha@wj8.so-net.ne.jp